解消された不安に胸を撫で下ろした穂積は、妙な疲れを感じて苦笑した。

自覚していた以上に、光のことが気がかりだったらしい。

穂積はしばしの休憩を求めて二階へと足を向けた。

予想通り回廊の人気は少なく、穂積は一人になれる場所を求めて左側の窓辺を選んだ。

最奥のバルコニーに出ると、ひんやりとした微風が穂積を出迎えた。

漆黒の髪がさらりと煽られ、神父の衣装の裾が小さくはためく。

降り注ぐ冷たい月明かりが、胸から下げたロザリオを輝かせる。

穂積は夜空を仰ぐと、静かに目蓋を下ろした。

傍から見れば、清廉な聖職者が天に祈りを捧げているように見えただろう。

だが黒衣の下に渦巻くのは、神に仕える者には不似合いな感情だ。

今頃、あの少年はどうしているのか。

気分が優れないのか怪我をしたのかは知らないが、会場に戻っていないのなら寮に帰ったのかもしれない。

たった一人で、一人の部屋に。

誰に頼りもせず、誰の手も断って、一人夜道を歩く真っ直ぐで華奢な後ろ姿が眼裏に映る。

頑なに他人を拒むその背中は、どこか頼りなく寂しげで胸が詰まった。

光への恋情が募って行く。

穂積の物思いを中断させたのは、衣装の内ポケットにある携帯電話の振動だ。

はっと目を開いてすぐに取り出したのは、光からのSOSを予想したから。

だが、幸か不幸かメールを寄越したのは、想いを馳せていた相手ではなかった。

差し出し人の「綾瀬」の文字に、次のアトラクションの知らせだろうと当たりをつける。

生徒会長という役職は恋心に浸る時間もないのか。

自分に課せられた責務は受け入れているが、どうにも複雑な気分だ。

穂積は溜息をつくと、階下に戻るために踵を返し――目を見開いた。

心臓がどくんっと派手に脈を打ち、その存在を激しく主張し始める。

意識せぬうちに体が勝手に動き出し、ほとんど駆け足で回廊を回り込んだ。

漆黒の双眸が捉えたのは銀色の髪。

そうして信じられぬ人物。

見間違いではない。

穏やかなブラウンの色彩を、忘れることなどどうして出来よう。

汗を垂らして走り回った城下町を、奇跡のように美しい涙を、夜に消えた後ろ姿を。

穂積はしっかりと記憶していた。

「千影っ」

あのときと同じく、夜に飛びこもうとしていた少年の名を呼ぶ。

穂積は紺色のマントを掴んで、夏の妖精を引き止めた。




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