聊か呼びにくいが、初対面の人間を名前で呼ぶほどフレンドリーな性質ではない。

英語と日本語の組み合わせのミスマッチにどもらぬように、気をつける。

おかげで、大きな瞳が瞬間見張られたのを見逃した。

歌音の背後にいる逸見も、僅かに眉を反応させたようだが、こちらも同様。

光の視界には入らない。

「……ありがとう、僕らは大丈夫」
「え、でも……」
「穂積くんも内心は、少しやり過ぎたと思っているんだよ。護衛の話はちゃんと彼に通してある」
「会長が?」

思わず訝しげな表情を作ってしまうのは、仕方ないだろう。

対峙した短い時間の中で、会長がそんな殊勝なことを思うとは、とても想像出来ないのだ。

納得がいかないと、上半分が隠れた面にしっかりと刻んでいる光を、逸見が楽しそうに笑った。

「まぁ、お前の考えは当然だな。ゴミ呼ばわりされて、信用などないだろうし。……醤油攻撃はなかなか笑えたぞ」
「思い出させないで下さい。あれ結構、後悔してるんです」
「会長はあの後、額から醤油を垂れ流したまま生徒会室まで来たらしいぞ」
「うそっ!?」

あの会長が、まさか無様な格好で構内を歩いたとは。

自分でやっておいてあれだが、なまじ美形なだけあって、なかなかシュールに笑える絵なのだ。

顔を醤油で汚して、頬を伝った雫がブレザーに黒いシミを作って行くビジョンが、鮮やかに蘇ってしまい笑いを噛み殺す。

信じられない事実は、なかなかの破壊力である。

背もたれに爪を立てて肩を震わせる光から目を離すと、逸見はさっと講堂内に目を配った。

生徒は大方入ったようで、騒がしい声も落ち着き出している。

これ以上留まれば、自分たちの存在は悪目立ちするはず。

「歌音」
「うん。それじゃあ、長谷川くん。そろそろ説明が始まるようだし、僕らはこれで」

逸見の言いたいところを的確に汲み取った天使は、ようやっと呼吸を整えた後輩に声をかけた。

「あ、はい。わざわざ有難うございました。えっと――」
「歌音でいいよ。アダムスって、言い慣れないでしょ?」
「じゃあお言葉に甘えて。歌音先輩、逸見先輩、ゲーム中よろしくお願いします」
「気にするな。原因はこっちだからな。仁志にでも俺と歌音のアドレスを聞いておくといい。何かあればすぐに連絡しろ」
「くれぐれも気をつけてね」

そう言い残して、二人は目立たないように非常用の出口から大講堂を出て行った。

「バ会長の下にいるなんて思えない……」

不遜な態度で光を『ゴミ虫』呼ばわりした、あの似非紳士。

あんな人間がまとめる生徒会など、ろくな組織ではないと思ったが、蓋を開けてみればどうだ。

仁志は外見こそ問題はあるが、面倒見がいいし、少し話しただけでも歌音や逸見の精神的成熟ぶりは容易に伺える。

これでまだ見ぬ副会長も人格者だとすれば、ますます穂積がトップに君臨する現状に、納得出来なくなるに違いない。

「…歌音先輩が会長やればいいのに」

学院の生徒を更に怒らせそうな本音を小さく呟いた光は、照明が絞られだしたことで、カラーコンタクトに覆われた瞳を、ステージへと走らせた。




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