無自覚の恋心。




「仁志は何の仮装するんだ?」

定位置となったリビングのソファを占領している男は、食堂で夕飯を済ませた少年が部屋に戻るや図ったようなタイミングでやって来た。

今日も一日働き詰めだったのだろう。

行儀悪くぐったりと寝転んだままの仁志に、注意する気は起こらなかった。

ローテーブルにマグを置きながら、別の問いを向ける。

「あー、後夜祭の話か?お前からその手の話題って珍しいな」
「そうかな」
「いつもなら行事のことなんてさっぱり忘れてるか、調査に関係のないことは訊かねぇだろ」

ごろんと寝返りを打って、こちらを見やった友人の指摘に初めて気がつく。

言われてみれば、そうかもしれない。

調査員として有るまじきことと理解しているのに、いつまで経っても学院の行事を把握しきれなくて、差し迫ってから必要最低限のことをあれこれと仁志に質問している。

疲弊した仁志の気を紛らわせすためでもあったが、確かに自分にしては珍しい発言だった。

「今回は積極的に参加することになるだろ?俺だって気になるんだよ」
「そんなもんか。ま、いい傾向なんじゃね」
「なんだよ、それ」
「文化祭が楽しみってことだろ?今まで面倒なことにしかなっていなかった学内行事を、嫌がったって不思議じゃねぇのに。生徒会役員としては嬉しい限りだな」
「仁志の口から学院運営組織の一員らしいセリフが出て来たのも、そうとう珍しいな」

言い返すと、相手は楽しげに口端を持ち上げて同意を示す。

珍しいのはお互い様だ。

丁度そのとき、携帯電話のアラームが制服のポケットから鳴った。

「出来たか。あ、それで何の仮装?」

立ち上がった光は、キッチンに戻りながら最初の質問を再度音にした。

返されたのは、簡潔な一言。

「言わねぇよ」
「は?なんで」

冷蔵庫を覗いていた顔を、思わずリビングに向ける。

対面式のそこからは、身を起こした仁志が見えた。

彼は紅茶のマグを傾けながら、からかうような色をした瞳をこちらに投げた。

「先に教えちまったらつまんねぇだろ」
「大丈夫、知らなかったフリしてリアクションするから」
「意味ねぇだろ、何だそのやらせ!」
「知ってたけど、知らなかったー。安心しろ、上手く笑ってみせる」
「笑うの前提かおい」
「爆笑だ」
「絶対ぇ、お前には教えねぇ!」

語気を荒げて宣言され、光は「えー」と不満げな声を上げるが効果はゼロだ。

つい反撃してしまったが、よせばよかったかもしれない。

自分の仮装がさっぱり思いつかないから、参考にさせてもらおうと思ったのに。

さて、どうしたものかと内心で考えつつ、冷蔵庫から取り出したバットをシンク台の上に置いた。

中には四つのココットが並んでいる。

固まっているの確かめていると、ふと手元に影が落ちた。




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