後夜祭。




佐原は確実にインサニティを使用している。

ソファに残った甘い香りが証明してくれた。

この時期に取引を行っていることから、彼が光たちの探す売人と関係しているのも確定的だ。

ただの購入者か、はたまた当の売人なのかは判然としないけれど、膠着状態だった調査が一歩ずつ進展し始めたのを実感する。

今夜にでも都合がつけば、木崎に報告すべきだろうと考えていた少年は、鼓膜を打った井村の声に内側から抜け出した。

「あ、ごめん。どうした?」
「どうした?じゃなくって、お前は何着るんだよって聞いてるの!」

栗かのこの餡を丸める手を止めて、彼は少しばかりムキになった調子で問いを繰り返した。

放課後の調理実習室には、多くの生徒の姿があった。

皆、目前となった文化祭で飲食店を出店する予定なのだろう。

十分なスペースを開けて配された九つの調理台では、エプロン姿の男子高校生が調理練習に勤しんでいる。

光たち2−Aも例に漏れず作業中で、調理係の内もっともお菓子作りに不慣れな光のために、前原と井村の二人がレシピを実演してくれていたのだ。

だが、一度見れば相当な精度で再現できる能力のお陰で、メニューに並べる十品目すべてを、光はあっと言う間にマスターしてしまった。

調理台の使用申請は文化祭終了まで提出してある。

余ってしまった残りの時間を無駄にしないためにと、練習を続けている次第だ。

そんな中でクラスメイトの二人が出した話題は、文化祭最終日の夜に催される後夜祭について。

まったく想像がつかないイベントに、ついつい思考は調査へと流れていたが、流石に井村に失礼だと思い直して光は「ごめん」と口にする。

「何着るって、後夜祭のことだよな」
「当然!」
「すごい気合いの入り方だけど、正装しなくちゃいけないのか?」
「正装って言えば、正装だな」

爛々と瞳を輝かせる井村とは対照的に、疑問符に応じた前原は冷静だ。

着々と手元の作業を進め、茶巾を絞りながら説明してくれる。

「後夜祭って文化祭の打ち上げ的なものなんだけど、時期が時期だろ?十月下旬。だからハロウィンパーティみたいなことになってるんだ」
「……つまりは、仮装しろ?」

こくりと首肯されて、ようやく話の流れが掴めた。

だから井村は、何を着用するのかと訊いたのだ。

「本当はさ、ハロウィンにちなんだ仮装をするべきじゃん?けど、それだと仮装の種類が限られてて他のヤツと被りまくるから、みんな関係ない好きな仮装するんだよな」
「それはハロウィンパーティと言っていいのか?」
「細かいことはいいんだよ!結構楽しいんだぞ、色んなコスプレ見れて」
「コスプレ……」

嬉々として話されても、正直困ってしまう。

仮装と称していたはずが、コスプレに変わっているのが気になって、光は苦味の強い笑みを零すしかなかった。

それが自嘲へと移行したのは、変装している己が更に仮装をするという滑稽さに気が付いたからだ。

千影から光へ、光からまた別の何かへ。

偽りを重ねるのは、調査員である己の宿命なのだから、今更気にするほどでもないだろうに。

受け入れたはずの現実を、ここに来て意識する己を抑え込むように、少年はぎゅっと強めに茶巾を絞った。




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