「あくまで噂だ」
「へぇ、嫌な噂だな。けど、火のないところに煙は立たないって言うだろ?」

何気なさを装いながら、もう一押し。

野家は思惑を図るように光を窺い、そうして付け入る隙のないことを察したのか軽く嘆息をした。

「……俺個人としては、佐原先生がそういう真似をしてもおかしくないと思う。あの顔に誘われて嫌がる生徒は少ないだろうけど、そういう簡単なヤツ以外にも、今のあの人は手を出しそうな雰囲気してるから」
「前は違ったのか」
「言っただろ、明帆にフラれてからって。惚れてるって言うより、執着みたいなところもあって、正直見てて気持ち悪かった」

清楚とも言える容姿を裏切った辛辣なセリフに、光は思わずぎょっとなる。

一体、佐原はどれだけ渡井にのめり込んでいたのだろうか。

執着するほど想いを寄せていた相手に拒絶されたとなれば、何かが壊れてしまっても不思議ではない。

こうなると、益々先ほどの推理が有力になって来た。

光は再び思考の海に沈みかけた。

「じゃあ、俺は行くな。明帆を探してるのは本当だから」
「あ、うん。助けてくれてありがとな」

校舎とは反対側に爪先を向けた相手に、微笑みを返す。

今にも歩き出そうとした野家は、ピタリと動きを止めると表情を翳らせた。

「あのさ、もし明帆を見つけたら注意してやってくれるか」
「どうかしたのか?」
「あいつ今、参ってるから」

心配に染まった頼まれごとに、光は訳も分からぬまま首肯するしかなかった。

二時間目の存在を思い出し慌てて教室へと走り出したのは、歩き去る小さな背中が視界から完全に消えた後のこと。




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