真相の欠片。
昼休みに行われることの多い木崎とのミーティングを、授業前に変えてもらったのは、文化祭のためだった。
井村たちに認められ調理係となった光は、あの日からほぼ毎日、昼休みと放課後に調理実習室で特訓を続けている。
メニューに載せるのは十種類程度の和風スイーツだが、少しばかりコツが必要なものもあって、練習は必要不可欠なのだ。
施錠が解かれる朝七時を過ぎたばかりの本校舎に人気はなく、空調の効果がまだ感じられない肌寒さの中を保健室へと急いだ。
目的の扉を三回ノックする。
入室の許可が向こう側から寄越され、光は素早く室内に入った。
「おはよう、光」
「おはよう。よく起きれたな」
「生憎、今は教師なんでな。これくらいの時間にはいつも起きてるよ」
苦笑交じりに応じた男は、暗色のスーツの上に保健医の白衣を羽織った。
やや長い茶髪の鬘にフルリムの眼鏡も装着していて、朝早くともこちらと同じく変装は完璧だ。
「朝飯は?」
「済ませて来た。ごめん、こんな早くに」
丸椅子に腰を下ろした光は、眉尻を下げて謝罪を口にした。
湯の沸いた薬缶をマグへと傾けていた男は、インスタントコーヒーをかき回しながら、軽く笑う。
どこか楽しそうな表情に首を傾げた。
「謝ることない。文化祭の準備があるんだから」
「でも、調査に支障が出るのは不味いだろう」
「ミーティングの時間がずれたくらいで、文句言うと思うか?クラスのことはしっかりやっとけよ」
まるで教師のような発言だ。
光がただの高校生で、武がただの養護教諭ならば、不思議に思うことはないのだが、どちらも調査のために学院へ潜入した身に過ぎない。
情報収集には周囲との交流が重要でも、今さら光にそれを求めているわけではないだろう。
クラスを大切するように言う、その真意が分からなかった。
戸惑いが顔に出ていたのか、武は付け加えのように続けた。
「それにお前は、やるべきことをこなしてる。今日だって、何か話したいからミーティング開いたんだろ?」
「そう、だけど」
「新しいネタを掴んだんだ。時間なんか気にしなくていい」
さり気なく逸らされた目に何かを隠していると直感するも、武の態度はそれ以上を話すつもりはないと伝えて来て、光は嘆息一つで追及を諦めた。
差し出されたマグを受け取りながら、千影としての報告を始める。
今回のミーティングを言いだしたのは千影だ。
定期的に行われるものとは別に、新情報が入ればこうして話し合いの場を設けることになっていて、少年は体育祭翌日の出来ごとを語り聞かせた。
人目を憚るように西校舎の四階にいた佐原は、明らかに不審だった。
職員室も体育教官室もないあんなところに、何用だと言うのだろう。
後日確認すれば、彼が屈んでいた場所には消化器があるばかりで、特別なものは見つからなかった。
「ドラッグの取引でもしているのかと思ったんだけど、消火器には何もなかっ――」
「インサニティだ」
「え?」
こちらを遮った硬い声に、光はコーヒーの水面から目を上げた。
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