恋煩い。




SIDE:穂積

いつかほどではないにしろ、やはり二学期の仕事量は年間通して最も多く、常よりもずっとデスクについている時間は長い。

各役職においても同様で、生徒会室に綾瀬と二人きりと言うのは久しぶりだった。

時計の針は昼の二時を指している。

秋の穏やかな日差しが背後の大窓から注ぎ、ほどよい温もりが穂積の身体を温める。

連日、十分な睡眠をとれているとは言えないために、今にも睡魔がやって来そうだ。

それを気力だけで退けながら、生徒会長は次々と書類を片付け続けていた。

「穂積、聖夜祭のことなんだけど……大丈夫?」
「何がだ」
「熱いコーヒーと、篠森製薬の「寝たら死ぬぞ!EX」のどっちがいい?」
「後者以外なら何でもいい」
「えー、あれ結構効くのに」

物騒な商品名にワインレッドの女が思い出されて、一気に頭が覚醒する。

睡魔など遠い彼方に吹き飛んで、影も見えない。

名前だけでも効果があるとは、恐ろしいドリンクだと、穂積は半ば本気で思った。

「寝てないの?」
「いや、そういう訳では――」
「寝れないの?」

否定を遮って寄越された問いに、内心だけで舌を打つ。

掴みどころのない幼馴染は妙に勘が鋭くて、痛い部分を突かれることも多々ある。

的確な指摘に図星を突かれたものの、幼少時から培われて来たポーカーフェイスで、間を開けずに否を告げた。

「必要最低限の睡眠はとっている、仕事の能率に影響が出るからな。目が疲れただけだ」
「そう?だったらいいけど」

本音を隠す技術は、上流階級に属する人間にとって必要不可欠だ。

生徒たちの前でこしらえる、紳士的な笑顔も彼にとってポーカーフェイスの一つ。

正直が美徳だなんて戯言は、安穏と生きる者たちにのみ適用される建前でしかなく、穂積が身を置く世界では嘲笑を受けるばかり。

だが、友と言い切ることの出来る綾瀬に対して、取り繕った仮面で応じることは珍しかった。

それほどまでに、探られたくない部分だったのである。

綾瀬は差し出していた書類を、穂積のデスクに静かに置きながら。

「もし、今になって後悔をしているのなら、止めた方がいい」
「……何の話だ」
「長谷川くんの迷惑なんて考えるくらいなら、最初から副会長に選出しちゃ駄目だったってこと」

窺うように寄越された紅茶色の瞳には、怜悧な輝き。

中性的な美貌からは想像も出来ない鋭い刃が、仮面を叩き割るのを抵抗せずに受け入れた。

相手が悪かった。

綾瀬を前にして、対外用の顔など作ったところで無意味だ。

何しろ、穂積自身が作りたくないと思っているのだから。




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