「仁志、お前何で――」
「休憩がてら見に来た。おい、井村、前原!」

簡潔な答えをこちらに寄越すや、仁志は教壇に立つ調理の二人に呼び掛けた。

「は、はいっ」と声を揃えた彼らを始め、クラス全員が生徒会書記の登場に動揺している。

「キッチンが足りてないなら、光使え。あいつ料理ならすげぇうまいぞ」
「え、あの、光って……長谷川ですか?」
「そうだ」

当然だろとばかりの首肯に、井村と言う小柄な一人がこちらに顔を向ける。

それにつられたように、他の面々も光を振り返るから、居心地の悪い緊張で背筋が伸びた。

一体、あのビジュアル不良は何を考えているのだ。

いくら人手が足りていないと言っても、光が先学期までどのような扱いを受けていたのか、知らぬわけでもあるまい。

生徒たちにとったら、自分の助けなど迷惑どころが断固として拒否したいはず。

不自然な沈黙が流れる。

複数の視線に晒され、嫌な汗が滲む。

無音世界を終わらせたのは、もう一人の調理係である前原だった。

「……本当に料理できるのか?」

硬質な声音での問いに、つい反応が遅れる。

「い、ちおう」
「お菓子作りは?」
「あまりやらないけど、出来ないことはないと思う」
「……なら今日の放課後、調理実習室に来いよ」
「おい前原っ!?」

思わぬ誘いにぎょっとなったのは、光だけではない。

相方の発言に狼狽える井村に、前原は妙に事務的な調子で言った。

「現実問題、調理できる人間がいないんだ。長谷川が使えそうなら、頼まない理由はないだろ」
「そう、だけど……」

予想もしなかった展開について行けず困惑する。

仁志の提案も前原のセリフも、何もかもが衝撃的で冷静になれない。

「長谷川、お前がどの程度できるのか確認させて欲しいんだ。いいか?」

惑う内に訊ねられ、光は揺れる瞳で逃げるようにクラスを見回した。

「なんだ、これで解決じゃん」
「長谷川頼むなー」
「ホールに出られるよりはマシかもね」

そうして飛び込んでくるざわめきに、ぱちぱちと目を瞬かせると、ゆっくりと前原に向き直り、ぎこちない動きでコクンッと首を縦に振った。

やがて打ち合わせの議題は目処が立ちそうな調理から、内装や衣装の話題へ移り、あっと言う間に授業終了の鐘が校内に響いた。

僅かな休憩時間に、生徒たちは廊下に出たりロッカーへ荷物を取りに行く。

「なぁ」
「んだよ」

教室に留まっていた仁志が、碌鳴館に戻ろうと席を立つや呼び掛ける。

あれからずっと黙していたこちらに寄越された、訝しげな視線を受け止めて、光はどこか照れたようにも嘆いているようにも見える曖昧な笑みを滲ませた。

「もしかして、一番気にしてるのって、俺なのか?」
「もしかしなくても、だ」

仁志はニヤリと口端を持ち上げると、ぼさぼさの黒髪を少し強めにかき回した。




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