傍観者ではいられない。




「なんっで、誰も練習して来てないんだよ!」

教室に響いた怒声は、黒板前に立つ小柄な生徒から発せられた。

わざわざ化学の時間を潰してのLHRで話し合われているのは、間もなく訪れる文化祭についてだ。

光が転入して来る少し前に、出し物は決定していたらしく、黒板には丁寧な字で「和風喫茶 碌鳴茶房」と書かれている。

手作りの和風スイーツを中心とした喫茶で、衣装も和装で揃えるという話だ。

しかし問題が一つ。

厨房係が二人しかいないのだ。

元々、料理が出来る人間は黒板前に立つ二人だけだったようで、他の生徒は夏季休暇中に練習をして来る予定だった。

だが、2−Aの生徒たちはそんな約束などすっかり忘れ、各々バカンスを楽しんでしまったのである。

結果、明らかな人手不足に陥った。

「俺らだけでキッチン回せるわけないだろ!」
「お、落ち着け、井村」
「落ち着いてられるかー!」

横合いから宥める生徒のチョコレート色をした髪をぼんやり眺めつつ、光は生徒自ら調理も行うことを意外に思っていた。

てっきり専門の職人を入れて、生徒たちは出来上がった品を運ぶだけかと予想していたのだが、サマーキャンプと同じくすべて自分たちの手でこなさなければならないようだ。

無差別に碌鳴ルールが発動するわけではないのだな、と考えつつ、他人事の様子で机に頬杖を突いていた。

正直に言えば、文化祭と言うものに興味はある。

学院に編入してから現在まで、行われる行事すべてで事件に見舞われている光だが、今回の文化祭はさほど心配していない。

会長方の問題は片付き、逸見の親衛隊も落ち着いている上、書記方に至っては己の存在を根負けに近い形で受け入れてくれたのだ。

先学期に比べれば投げつけれられる罵声も激減しているし、初めて純粋に参加できるのではなかろうかと淡い期待を抱いている。

調査員としての立場は痛いほどに理解しているが、心のどこかで文化祭を楽しみにしている自分がいるのは否定できなかった。

だが、どれほど光が文化祭に胸を弾ませていようとも、特別なにをするでもない。

生徒たちの態度が軟化したところで、所詮光は「あの」長谷川 光なのだから。

諦めに似た思いで傍観者となっていた少年の耳に、生徒会室で仕事に追われているはずの男の声が届いた。

「調理なら光が出来るぞ」
「……は?」

突然、名を呼ばれて我に返る。

眼鏡の下で丸く瞠られた目を教室後ろの扉に動かせば、派手な金髪頭が視界に飛び込んで来た。




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