可能性。
SIDE:木崎
職員寮にある武 文也の自室は、閑散としている。
備え付けの大物の家具と、申し訳程度にある日用品。
必要最低限の品物が整頓されているために、余計に無駄のないすっきりとした印象を受ける部屋だ。
だが、それはリビングまでの話。
書斎へと続く部屋奥の扉を開けると、そこには保健医と言う職には不必要と思われる書類が山を成している。
彼の片腕を務める子供が見れば、「どこかの仕事中毒者の部屋と似ている」と言うだろう。
デスクに積み上げられたファイルの狭間で、微かな稼働音を上げているノートパソコンの画面を、部屋の主はいつになく真剣な表情で捉えていた。
映し出された入力画面に、コネで入手した管理者IDとパスワードを打ち込む。
エンターキーを押すと同時に開かれたのは、職員寮の入室記録だった。
入り口でカードを通す必要があるため、すべての人の出入りがデータとして残されている。
霜月 哉琉に睡眠薬を服用させた、銀髪の生徒は何者なのかを明らかにするため、木崎は該当する日付をクリックすると、ずらりと表示された一覧を注意深く確かめて行く。
意外にも生徒の出入りが多いことに驚きつつ、事件が発生した夕方までスクロール。
仁志経由で入手したカメラ映像を元にすると、すべての犯行を終え退室するまでにかかる時間は十分前後と推察される。
しかし、事の起こった時間帯に生徒や教員の入室記録はあれど、退室記録は残されていなかった。
一番早いもので事件発生から約四十分が経過している。
「偽装工作か……?」
記録が残ることを考慮して、反省室を出た後も寮内にしばらく留まっていたに違いない。
退室時間からある程度人数を絞るつもりだったのに、これでは調査対象が一気に広がってしまう。
犯行時刻以降に退室したすべての者を調べるのは、正直なところ面倒だ。
警察のようにエンブレムをチラつかせて事情を訊けるなら、十八人程度どうと言うこともないが、ただの保健医ではそうも行かない。
これはコネをフル活用した方がいいな、と早々に結論付けたとき、英語科教員の名前を見つけ思い至った。
職員寮で生活をしている教員ならば、翌朝まで退室記録が出ないのだ。
入室しても不審に思われず、退室の時間を自然に偽装できる教員は、今回の一件に関して非常に動きやすい立場にあった。
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