◇
そんな風に言われても、困る。
仁志までもが自分を買ってくれているのは嬉しいが、光にはどうしたって引き受けることが出来ないのだ。
返事を返せずにいると、ソファから身を乗り出した男に俯けた顔を覗き込まれた。
「何に悩んでんだよ」
「悩んでいるって言うか、無理だろ。俺に副会長なんて」
「だから何で」
「俺の学院での立場は悪いし、家柄は普通。黄色い歓声浴びてる他の生徒を推した方が、ずっとスムーズに行くに決まってる」
早口になりそうなのを抑えて返すや、向き合った双眸が鋭く細められた。
刺すような輝きに、心臓がビクリッと慄く。
「嘘言うな。それくらいの理由なら、会長が全部潰したはずだ」
「……」
図星を突かれて、言葉に窮す。
仁志の友人として生徒たちに受け入れられた今の光は、そう悪い立場にいるわけでもない。
学力や身体能力については十分に証明されたし、中流階級を起用する明確な理由も示された。
こちらが語った拒絶要素は、仁志の指摘通りすべて潰されている。
暫時、互いの瞳を強い視線で結び合う。
一歩たりとも退くものか。
はっきりと主張する友人の眼光に、観念したのは光だった。
本当は言いたくなかったけれど、仕方あるまい。
小さな声は、静寂の空間に大きな波紋を描いた。
「俺は、いつここを出て行くか分からない」
「え……?」
「インサニティの調査が終われば、「長谷川 光」は消えることになるんだ。生徒会に入っておきながら、そんな無責任な真似できないだろ」
不意打ちを受けた顔で固まった男に、少年は苦味の強い微笑みを浮かべた。
忘れてはいなかったけれど、光自身できれば目を背けていたかった事実。
自分は純粋な生徒ではない。
ドラッグ調査の一環で碌鳴学院の門を潜ったに過ぎない身だ。
目的を果たせば「光」の存在理由も、学院に在籍する必要も消失する。
早々にこの箱庭を後にして、本来の姿でまた新たな依頼のために動くだけ。
同じように白い制服に袖を通し、同じように授業を受け、同じように学院での日々を過ごしていても、光は碌鳴学院の生徒ではない。
「俺は調査員だから、生徒会には入れないんだ」
音にした瞬間に感じた痛みの理由を、少年はすでに知っていた。
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