すれ違う人。




「失礼しました」

退室の挨拶は、硬くぎこちないものだったが、少年に気にする余裕はなかった。

ぼんやりとした面持ちで、機械的に足を動かし碌鳴館の一階へと階段を下る。

広々としたエントランスホールから屋外へ出ると、すでに辺りは艶めかしい紫色に塗られていて、街灯が点灯していた。

思いの外、時間が経過していたらしい。

首筋を撫でたひんやりとした風に、光は虚ろな己を自認して、ふるふると頭を振った。

しっかりしろ。

言い聞かせる。

それからようやく、寮に向かって歩き始めた。

だが、いくらもしない内に意識は内側へと沈んで行く。

「会長たち、本気だったよな……」

誰に聞かせるでもなく零した独り言。

生徒会室で注がれた視線のどれにも、ふざけた気配は見つからなかった。

彼らは本気で、光を次の副会長にと考えている。

圧倒的な実力を有した中流階級の生徒として、碌鳴の体質改善を期待しているのだ。

碌鳴館から離れれば離れるほど、穂積たちの言葉が圧し掛かり、少年の心臓はズシリと重くなる。

抱く感情は憂鬱で、自然と目は足元に落ちた。

前方から一つの影が歩いて来ることに気付いたのは、相手との距離が数メートルばかりとなったときだ。

周囲に気を配り忘れていた自分に、いよいよ深刻だと思いながらさり気なく窺う。

それは小柄な生徒だった。

光よりも身長は低そうだ。

きっちりと制服を身に付けた姿は優等生然としており、まっさらな黒髪をしている。

薄暗がりのために顔立ちは判然としないが、碌鳴生らしく整っているのだろう。

少年にこちらを意識している素振りもなく、光は警戒は不要と判断すると、そのまますれ違った。

足音が遠ざかる。

碌鳴館の傍で生徒会役員以外の姿を見たのは、薫子たちを除くと初めてかもしれない。

絶対権力者集団の牙城とも言える碌鳴館は、学院内で聖域と捉えられており、補佐委員会と言えど滅多に近づきはしないのだ。

万が一、周辺をうろついたのが発覚すれば、抜け駆けと見なされ制裁が加えられるだろう。

暗黙の了解によって生徒たちが互いを牽制しているために、光は未だ碌鳴館へ幾度となく足を運んでいるのを見咎められてはいなかった。

珍しいこともあるものだ、と考えつつ、少年は夜に向かう並木道を進んだ。




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