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瞠られていた歌音の瞳が、和らぐまでにかかった時間は短かった。
「そうだね……。相手にもよるだろうけれど、きっと何も変わらないかな」
「変わらない、ですか?」
「うん、変わらない」
言い切る歌音の回答を、上手く消化出来なくて、思わず眉間にシワを作る。
変わらないとは、どういう意味だろうか。
知られてはならない隠し事こそ、秘密。
他人に露見してしまう何て、考えたくもないはず。
なのに彼の口調からは、発覚を恐れる様子など微塵も感じられないのだ。
光は困惑を乗せた表情で、小さく首を傾げて――
「僕はね、永遠に隠しておける秘密なんて、ないと思うんだ」
「っ……」
「今、どれだけ必死に隠していても、いずれ明かされる日はやって来る。望まないとしてもね」
諭すかのような声音に、光は言葉を失くした。
己の行動を否定する発言にショックを受けたわけではない。
自分自身、深層心理で考えていたことを、はっきりと口に出されたからである。
秘密は脆い。
気付いたのはごく最近だ。
絶対に隠し通さなければならないと、幼少時から叩き込まれていたにも関わらず、光は仁志にすべてを話してしまった。
「長谷川 光」を演じる調査員の「千影」であると、明かしてしまったのだ。
仁志に対して罪悪感を覚えたとき、すでに秘密の崩壊は決まっていたのかもしれない。
永遠の秘密など不可能だと、痛感させられた。
「知られてしまったのなら、足掻く意味はないし……それに、僕の秘密はもう誰に知られても構わないから。だから、何も変わらないよ」
黙り込む光をそっと窺いながら、歌音は続けた。
彼の言う通りだと思う。
秘密は守りきれないものだ。
身を持って覚えた。
それを知られてしまったのなら、腹をくくるしかない。
ならば、須藤が手にしているかもしれない「千影」の欠片も、諦めるべきなのだろうか。
知られたものは仕方ないと諦めて、交渉材料に活用した方が、調査に進展が望めるのだろうか。
今、光は冷静を欠いてるわけではない。
先刻のように自棄になっているわけでも、須藤に踊らされているわけでもない。
歌音の言葉に導かれ、慎重に答えを出そうとしている。
常と同様に廻る思考、その上で浮かび上がるのは。
――本当に?
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