◇
「秘密」という言葉に、いいイメージはない。
己の抱える「秘密」が、他者を欺く後ろ暗いものであるせいだろう。
だから彼が他人には言えない何かを持っているだなんて、考えもしなかった。
己のように「嘘」とも言い換え可能な「秘密」ではないと思うが、そんなものとは無縁の存在だと感じていた少年にとって、平然とした歌音の肯定は意外と言う他に表現の仕様がないのである。
露骨に動揺してしまった自分を恥じつつ、すみませんと返す。
隣りに並ぶと、橙色の髪間から碧い瞳がこちらを見やった。
「長谷川くんは?」
「え……」
「長谷川くんは、秘密がある?」
瞬間的に強張りかけた頬は、与えられた疑問符に何の含みもないと判断するや弛緩する。
澄んだ湖面を思わせる二つの輝きは、言葉以上のことを訊ねてはいないのに。
須藤に弄ばれたせいで、過敏になってしまった。
光は苦く笑いながら、首を縦に振った。
「……あります」
「うん。きっと、穂積くんも綾瀬くんも、アッキーにだって秘密はあるんじゃないかな」
「仁志も?」
またしても予想外のセリフだ。
あの隠し事が苦手で馬鹿正直な男に、秘密などあるのか。
裏表のないさっぱりとした気質は、それこそ「秘密」とかけ離れている。
貶しているのか褒めているのか、微妙なことを考えてしまったが、ふと彼の秘密に思い至った。
仁志は生徒会メンバーに、光の正体を教えていない。
どんな手を使ったかは知らないが、約束通り「千影」のことは黙ったまま、自分にかかった嫌疑を晴らしてくれた。
それは、生徒会役員たちに、秘密を持っていると言うこと。
あれほど真っ直ぐな男でさえ、何もかもを明かしている訳ではないのだから、天使にも見える歌音だって、何事かを隠していても不思議ではないのだ。
「みんな誰しも、秘密は抱えていると思うよ」
歌音の言葉に、光はひどく納得した気持ちで頷いた。
穏やかなリズムで進めていた足を止めたのは、次のとき。
こちらに合わせて、歌音も立ち止まる。
「長谷川くん?」
「もう一つだけ、訊いてもいいですか」
「うん?」
光は数拍の間を置いて、言を紡いだ。
「もし、歌音先輩の中で一番大きな秘密が、他人に知られているかもしれないとしたら、どうします」
話過ぎだろうか。
「どうして?」と問われれば、口を噤むしかない立場なのだから、浅慮もいいところかもしれない。
不安はあったけれど、彼にこそ訊いてみたいと思って、少年は唐突な質問に面食らった様子でいる相手を、じっと見つめていた。
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