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隠さなければならない真相を悪戯に爪弾かれ、理性を失っていたとは情けない。
まんまと須藤の狙いにはまるところだった。
未熟な自分自身に呆れながら、ふと光は思い至った。
「あの、歌音先輩はこれからどこへ?」
「今は休憩中のお散歩。仕事ばかりしていたら気が滅入ってしまうから、外に出て来たんだ」
「……」
「もし長谷川くんさえよければ、気分転換に付き合ってもらえないかな」
やんわりとした誘いに、敵わないと思う。
彼の語った言葉に、嘘はないのだろう。
けれど、それだけではないと分かってしまった。
歌音はこちらの様子に異変を覚え、気遣ってくれているのである。
常に歌音の身を案じている逸見が、先に碌鳴館へと戻ったのがいい証拠だ。
休憩中なのだから、途中まで一緒に散歩をしていた彼が戻る理由など、本当ならばないはず。
それにも関わらず、歌音を残して行ったのは、自分がいない方がよい状況だと判断したからに相違ない。
指摘された「隙」の意味に得心して、光は面映ゆい気持ちになった。
「俺、そんなに変でしたか?」
「疲れているのかとも、思ったんだけど……」
与えられた優しい感情が、堪らなく嬉しい。
自分の恵まれた環境に、不思議な感慨さえ抱く。
学院に来てから、自分はどれだけ多くのものを手に入れたのだろうか。
この閉鎖的で小さな世界に、門外の大きな世界で見つけることの出来なかった多くのものを受け取っている。
ぬくもる胸を抱えた少年は、示された厚意を素直に受け取ることにした。
どう切り出すべきかと逡巡して、少しの間を置いてから問いを口にする。
「歌音先輩は、秘密ってありますか?」
それは純粋な興味であったけれど、相手の返答に予想はついていた。
天使の如く愛らしい容姿に見合った、優しく大らかな心根の持ち主なのだ。
清廉で潔白な歌音に、他人に隠しておきたいことなどあるわけがない。
けれど。
「あるよ」
即座に返された言葉に、光は自分で問いかけておきながら目を丸くした。
驚きに満たされたこちらの表情に、歌音はくすりと小さく笑いながら、ゆっくりと歩き出す。
呆然としていた少年が慌ててそれに倣えば、前を行く小柄な背中が穏やかに言った。
「そんなに驚くようなことかな?」
「いえ、その、歌音先輩と結びつかなかったので……」
戸惑いの滲む声で口にする間も、驚きは冷めぬままだ。
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