正体を掴まれているか否かは別にしても、光は確実に不審がられている。

佐原を尾行している姿を見られたのは、致命的だ。

ならばいっそ提案に乗ってみるのも一つの手ではないだろうか。

重大な秘密を抱えていることは知られているのだし、それを己の口から言うだけで、須藤の持つ「何か」を得られるのならば悪い話ではないような気になる。

もちろん、相手が約束を守るとは限らないのだが、試してみる価値はあるのでは。

須藤の揺さぶりに翻弄されている自覚がないまま、少年は危うい考えを廻らせつつ歩き続けた。

霞がかった視界が明瞭になったのは、続く並木道の先に見知った相手を見つけたからだ。

常に傍に控える長身の男と、立ち止まって言葉を交わすのは、生徒会役員の歌音・アダムスである。

すでに逸見はこちらに気付いていたようで、眼鏡の瞳を向けている。

ほどなくして彼らの元に辿りつくと、歌音がふわりとした微笑みをくれた。

「長谷川くん、こんにちは」
「こんにちは。歌音先輩、逸見先輩」
「長谷川、今日は随分と隙が多いな」
「え?」

会釈を返した少年は、唐突な逸見のセリフに目を瞬いた。

「なんですか、いきなり……」

「隙」とはどういう意味だろう。

確かにぼんやりとしてはいたけれど、周囲への警戒をまるで怠っていたわけでもないはずだ。

怪訝な面持で男を見上げるものの、相手は策略を匂わせる笑みを浮かべるばかりで、明確な返答は得られない。

「歌音、俺は先に碌鳴館に行っている」
「うん、また後で」

そう言って、逸見はこちらの疑問符に応じることなく、歩き去ってしまった。

放置された光としては消化不良だ。

不満げな顔していたのか、歌音が眉尻を下げて苦く微笑む。

「ごめんね、長谷川くん」
「あ、いえ。歌音先輩に謝ってもらうことじゃないです」
「でも、今のは感じ悪かったでしょう?」
「まぁ……」

否定できない。

曖昧に濁せば、こちらの胸中をくみ取ったのか、はたまた彼も同じ心境だったのか。

二人同時に溜息が漏れて、思わず笑ってしまった。

「長谷川くんは、もう寮に?」
「はい。昨日張り切り過ぎたのか、全身筋肉痛になってしまって、今保健室で湿布を貰って来たんです」

湿布臭くてすみません、と言い添えると、歌音はおかしそうに喉を震わせた。

軽やかな笑い声に、荒波の如く揺れていた身内が、すぅと凪いで行く。

対面から醸し出される穏やかな空気は優しくて、すべてを受容するかのような大らかさがある。

張り詰めていた神経が緩む感覚に、光はやっと自分が冷静でなかったことに気がついた。




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