彼らの秘密。




閑散とした煉瓦道を寮に向かって歩む光の瞳に、現実を取り込む余裕はなかった。

須藤の声が身内を埋め尽くすばかりで、他に意識を払うことも出来ない。

頬を掠める涼風や、中天からやや西に移動した日差しが、落ち葉舞う学院の並木道を、一枚の絵画のように美しい秋色に染め上げていると言うのに、光の心を捕えるには至らない。

瞬きすら疎かになった状態で、ただ規則的に足を動かし続けていた。


――君の秘密と交換しましょう。


不吉な提案が、リフレインをする。

自由を奪う慄きから解放されたはずなのに、背筋をつと冷たい汗が流れて行く。

須藤の元から遠ざかれば遠ざかるほど、恐怖心に蝕まれるようだ。

含みを持たせた文言は、未熟な調査員に奈落の底を連想させた。

光の秘密。

それは「光」であること。

正体を偽り、ドラッグ調査のためだけに学院に潜入をしている、紛いものの存在であること。

まさか、彼は知っていると言うのか。

己が「光」ではないと、気付いていると言うのか。

あり得ないと一蹴したいのに、須藤の口ぶりがそれを許さない。

確信を持って紡がれたようにしか思えない、あの強く明確な声が、秘密を抱える身を切り崩す。

検分するかのような鋭利な眼差しがフラッシュバックをして、光は駆け抜けた寒気に拳を握り締めて耐えた。

真っ先に最悪な状況を想定してしまうのは、己の悪癖だ。

いかなる状況にも素早く対応する必要のある調査員としては、最も忌避するパターンを思い描くのも仕方がないが、光の場合は生来からのものもある。

須藤にこちらの正体が露見しているという証拠はないのだから、取り乱している場合ではない。

せっかく重要な情報を掴んだのだ。

佐原の不審行動を木崎に報告して、すぐに調査のアプローチ方法を検討するべきだ。

そう、頭では理解しているのに。

万が一を思うと思考は鈍り、考えが拡散する。

振り払っても追いかけて来る、暗い不安。

最初の疑念に舞い戻ってしまう。

光がここまで気にかけてしまうのも当然だ。

潜入先の人間、それも要注意人物として警戒している相手に、こちらの素姓を掴まれては、すべてが水の泡になる。

須藤が売人だった場合、証拠を隠滅されかねないし、行方をくらます危険だってあった。

順調とは言い難い調査状況を鑑みれば、これ以上躓いているわけにはいかない。

光は持ちかけられた交換条件を反芻させた。

こちらの抱える秘密を差し出せば、須藤もまた隠したものを提示すると言ったのである。




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