ペンを放り投げ、椅子に坐したまま体ごとこちらに向き直り、スラックスに包まれた長い脚を組む。

気だるげに机に頬杖をついて、舐めるような上目で光を見た。

攻撃に転じたはずが、思わず息を呑む。

「逃げるようなことかどうかは、君次第だよ。長谷川くん」
「……どういう意味ですか」
「二時間、何をしていると思う?」
「分からないから、聞いているんです」
「少しは自分で考えよう。せっかく優秀な頭脳を持っているんだからね、宝の持ち腐れなんて勿体ない」

軽やかな調子の文言に、遊ばれている気分に陥った。

少しくらい意表を突けたからとて、一筋縄では行かない相手なのだと痛感する。

こちらが真剣に切り込んだとしても、のらりくらりとかわされてしまえば意味もない。

掴んだはずの主導権を、あっさりと取り返されて悔しくないわけもなく、光は往生際悪く粘ってみせた。

「先生は秘密ばかりですね。佐原先生に注意しろと言ってみたり、二時間の理由を隠したり。怪しまれても文句は言えませんよ」
「それは、お互い様じゃないかな」
「え……」

小さな呟きは、聞き間違えだろうか。

耳を疑うような発言がなされた気がして、思考が急停止をした。

「さぁ、今日はこれくらいにしましょうか。昨日の体育祭で君も疲れているだろう。寮に帰ってゆっくりするといい」

これ以上、話すつもりはないと示されて、呆然としていた光は慌てて現実を取り戻した。

いつの間にか艶やかな微笑でこちらを見つめる男の空気が、鉄壁の要塞を思わせるほど堅固になっていると気付き、光はまたしてもやり込められた己に嘆息だ。

大事な局面で何を呆けていたのかと、胸中だけで自己嫌悪する。

「分かりました……」

悔しいが負けを認めないわけには行かず、入室したときとは別のきちんとした扉をスライドさせた。

今回のことで、光が須藤を警戒していることは露見してしまった。

同時に、須藤が何事かを抱えている確証を掴むことが出来た。

今は退くしかないが、結果だけを見れば収穫がゼロでもないのだし、然程落ち込む必要もあるまい。

手に入れた情報を元に、彼の言う優秀な頭脳を用いて推理をして行くまで。

そう自分を納得させながら、資料室を後にしようとした少年は、背中にかけられた須藤の言葉に今度こそ本当に考える力を奪われた。

「私の秘密が知りたければ、君の秘密と交換しましょう」

振り返ることも、走りだすことも出来ず。

衝撃に麻痺した脳が出せる唯一の命令に従って、静かに扉を閉めた。




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