先ほど目にした光景。

明らかに不審な行動をしていた佐原は、やはり何らかの秘密を抱えているのでは。

そうして須藤は、その秘密を知っているのでは。

思わせぶりな言葉に翻弄されるのは御免とばかりに、光はじっと鬱陶しい前髪の奥から須藤に焦点を合わせ続けた。

緊迫した室内の空気が揺らいだのは、須藤がギッと椅子を軋ませて立ち上がったせいだ。

「長谷川くん、知っていますか?」

静かな声音には、先ほどまでの教師らしい雰囲気など微塵も感じられず、一気に全身が凍りつく。

来た。

過去に二度、体感した正体不明の悪寒の到来に、光は胸の拍動が明確になるのを感じた。

「私の資料室に入った生徒はね、二時間ほど……出て来ないんですよ」

こちらを見つめ、つと微笑んだ男から立ち昇る、艶やかな色香。

艶然とした口元の弧を崩さぬまま、須藤はわざとのように靴音を立てて、距離を詰め始める。

一歩、一歩。

カツン、コツン。

狭い資料室に、逃げ場所はない。

仮にあったとして、やはり金縛りに襲われたが如く硬直した少年に、動くことは出来なかっただろう。

須藤との隙間が縮まるにつれ、圧迫感が増して行く。

未熟な体を押し潰そうやと言う、絶対的な過重は光をその場に縫いつけ拘束する。

指の先まで凍りついて、ピクリとも動けない。

呼吸さえままならず、喉の奥が収縮した。

一歩、また一歩。

カツン、コツン。

異様なほど鼓膜に響く彼の接近が、止まる。

頭上から真っ直ぐに注がれる視線は、無言の攻撃だ。

紡がれる蠱惑的な台詞はただの虚飾でしかなく、齎される危機感の原因はその眼に由る。

纏ったシャツ、その下の皮膚、筋肉に覆われた骨、全身に走る血管。

器の中いっぱいに詰まった、曖昧で抽象的で確実な、存在そのものを見つめる二つの輝き。

少年の秘めたる何かを、探り暴こうとする容赦のない追及に、警報が激しい明滅を繰り返す。

己さえも知らない己が、彼の前に引きずり出される―――

「ふっ……そんな絶望的な顔をしないで下さい」
「ぁ……」
「教師の言うことは、聞くものだよ」

間近に迫った男が破顔した。




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