「いつぶりに作ったんだよ。洋ナシのタルト」
「三、四年ぶりくらいか?お前、いつ頃からか作れって言わなくなったしな」
「武文が使った後の台所、悲惨じゃん。片づけるのは決まって俺だし」

反論のしようもなくて黙り込む相手に、笑みが零れた。

同時に、身内に優しい温もりも零れ出す。

甘いものが特別好きなわけではない。

甘過ぎたりなどすれば、途中リタイアしたくなる。

だが、洋ナシのタルトに限り話は別。

木崎お手製のタルトに限っては、話は別なのだ。

「食べて行っていい?」
「あぁ、もちろん」

了承した相手がデスク脇の薬品棚から、皿やフォークを次々と取り出す。

マグカップとは訳の違う諸々に、少しばかり驚いた。

「何でそんなところに食器があるんだよ」
「生徒が結構持って来るんでな、手作り菓子。常備しておいた方が便利だろう」
「武先生、大人気だな」
「いい男の宿命ってやつか」
「物好きな生徒たちに、四十だって教えてやりたい」

呆れ交じりに返すも、平時の半分ほどもキレがないと自覚してしまって、悔しくなる。

顔を顰めた光をクスリと笑いつつ、木崎は大きめにカットしたタルトを皿に乗せた。

目の前に置かれた洋菓子は、きらきらと輝いていて、子供のように胸がどきどきと高鳴った。

「……いただきます」
「召し上がれ」

さっくりフォークを入れて、口に運ぶ。

アーモンドクリームの甘さと、洋ナシのコンポートの優しい酸味が舌の上に広がった。

懐かしい味がじんわりと胸の奥に到達して、頬が緩むのを止められない。

止める必要もないと分かっているが、年を重ねて昔より確実にひねくれてしまった自分には、感じた想いをそのまま表す面を見られるのは居た堪れない。

木崎の作るタルトが好きだった。

正しくは、木崎が自分のために何かを作ってくれるのが、好きだった。

けれど無邪気に強請れたのは、十歳を超えてしばらくまで。

常に仕事に追われる保護者の姿に、我儘を言うのはどんどんと難しくなって、気付けば「強請る」という選択肢さえ消え失せていた。

久しぶりに口にしたタルトは、記憶にあるよりも聊か甘い。

くたくたに疲弊した身を癒すような、焦燥にささくれそうな心を労わるような。

穏やかに包み込む、甘さだ。

「体育祭、よく頑張ったな」
「……」
「リレー、すごい活躍したんだろ?」
「……」
「本当に、よく頑張った」

紛い物の黒髪を、くしゃくしゃと撫でられる。

昔は何か一つでも上手く行ったときは、こうして頭を撫でてくれた。

タルトと同様、今では受け取る機会の格段に減ったご褒美に、くすぐったい喜びが湧き上がる。

「武文」
「なんだ?」
「ありがとう、美味しいです」
「……そうか」

満足そうな笑みを浮かべて頷く保護者に、光は筋肉痛で後悔しかけた昨日の無茶を、間違ってはいなかったのだと受け入れた。




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