ギシギシと体の軋む音なき音を聞きながら、光はベッドを降りるといつものように、木崎のデスク前に丸椅子を引いて腰を下ろした。

淹れたての紅茶が注がれたカップを差し出され、有難く頂戴する。

「それで、話って?」
「ん?」
「ん、じゃなくてさ。俺を呼んだ理由。何かあったのか?」

自分に連絡をして来たのだから、事件に関して進展があったと考えるのが当然だ。

手当てが本題なはずがない。

光が生徒間に流れる微妙な空気の差異や、情報の収集、不審行動の目立つ生徒のチェックを行うのに対し、木崎は木崎で彼にしか出来ない調査の方法を取っている。

外部犯の線を疑って、城下街でのインサニティの蔓延状況を更に調べたり、ドラッグそのものの入手ルートを探ったり、教員の立場を利用して怪しい生徒の個人情報を調達したりと様々。

行事に参加しなければならない光に代わって、無人の校舎内を探索するのも彼の役割の一つだ。

霜月の件以来、インサニティに関する目立った事件は起こっておらず、またあれだけ生徒間で流行していたはずの赤い錠剤が、霜月という大きな供給源が消えたことで、急速に学内で品薄になっているのがこれまでの調査で判明している。

幸いにも重度のジャンキーは出ていないようだが、それでも心身のバランスを崩し、ここ数週間で保健室を訪れる生徒の数は倍近くに増えたと言う。

銀髪の生徒への手がかりも、これと言って見つかっていない現在、光は須藤のマークを引き続き行っているのだが、木崎の方では新しい発見があったのかもしれない。

長引く調査と、未だ碌鳴に売人が潜伏している危険性に、抑えきれない焦りを抱えている少年は、ささやかな希望を乗せた瞳を眼鏡の奥から保護者に向けた。

だが。

「お前に渡したいものがあってな」
「渡したいもの?」

首を傾げたこちらに、木崎は小さく口角を持ち上げると、デスクの隅に置いてある白い箱を差し出した。

見れば雑貨店のラッピングコーナーなどで売られている、ケーキ用の箱だ。

意図が読めないながらも大人しく受け取り、促されるままにテーブルの上で開けてみた光は、溢れだした甘酸っぱく香ばしい匂いに送り主を見やった。

「昨日頑張っただろ。ご褒美」
「っ……」
「なんだ、嬉しくないのか?お前好きだったよな」
「……」
「ま、まさか味覚変わったとか言うなよ?!」
「言わないからっ」

勝手にマイナス方向へ考える男に、慌てて言い返す。

びっくりして言葉に詰まっただけなのに、どうしてそうなるのだ。

思うも、木崎の珍しいネガティブな発言の原因は、恐らく自信がないからなのだとすぐに分かった。

何しろ、前にお目にかかったのは随分と昔のこと。

不安になるのも仕方がない。

テーブルに登場したのは、照りのある黄金色の一品。

普段は料理などまったくしない保護者が、唯一まともに作れる千影の大好物。

見た目は少々歪であるものの、味はとびきり上等であると舌が覚えている。




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