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我慢できなかったのは確かだが、保護者の言い分はもっとも過ぎて、反論のしようもない。
全身を支配する筋肉痛が、抗う気力を根こそぎ奪ってしまったのも、素直に謝罪をした一因でもある。
そう、筋肉痛。
日々鍛錬は怠っていないつもりだったが、やはり学院に潜入してからと言うもの、満足な時間や場所が確保できないのもあってか、知らず疎かになっていたらしい。
体育祭から一夜明けての休日。
昨日の大活躍の代償とでも言うべき激痛が、目覚めた少年を襲って来た。
腕と言わず足と言わず、ありとあらゆる筋繊維がずたずたに千切れ、破損しているのが良く分かる。
せめてもの救いは、若者らしく過度な運動の翌日に発現したことだが、久しく忘れていた動くたびに神経を引っ張られるような痛みの前では、何の慰めにもならない。
自室のベッドから出るのも億劫だった光が、休日で人気のまったくない校舎の一階、保健室を訪れたのは木崎から寄越された連絡のため。
取りあえず来いと告げられ、言葉通りに足を運んだものの、一目で異変に気付いた木崎に挨拶もそこそこ、手当てを施されることになった。
軽いストレッチとマッサージの後に、湿布を貼りつけると言った当たり前の処置も、今の光には相当な負荷。
お陰で、何も知らぬ者が耳にすれば、確実にいかがわしい噂が立つこと受け合いなやり取りが出来上がってしまったのだった。
ただし、当の本人たちには僅かにも自覚はないのだが。
「ほら、これで最後だから横になれ」
「……分かった」
ゆっくりと再びベッドにうつ伏せに寝る。
木崎の手が今度はマッサージなしに、新しい湿布を貼りつける。
テープでしっかりと固定して終了だ。
鼻にツンッと来る独特の匂いは、もう全身から漂っていることだろうと、シャツに袖を通しつつ溜息を吐いた。
「こんなに酷いことになるとは思わなった」
「体育祭のあと、アキとまたテニスやってたんだろ?」
「うん」
救急箱を片付ける男に、こくりと首肯した。
異様な盛り上がりを見せた体育祭は、意外にも第三学年の優勝で幕を下ろした。
テニスの試合やリレーで注目を浴びたのは二年生だが、それ以外の種目では三年生がことごとく上位を占めていたらしい。
特に、生徒会メンバーが出場した試合は彼らの独壇場だったのだから、出るべくして出た結果と言える。
体育祭の結果は肩透かしだったものの、打倒生徒会長を誓っていた仁志とは異なり、光に優勝への拘りなどない。
それよりも、仁志の本当のテニスの実力が気になって、彼の憂さ晴らしに付き合うがてら、手加減なしのゲームを行ったのだ。
先月の元会長方の件で負った傷が、完璧には癒えぬうちに、あまり身体を酷使するものではないと痛感させられるとは。
正直、この筋肉痛は想定の範疇外だ。
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