ヒーローの代償。




細く開いた窓から滑りこむ秋の涼しい風に、真っ白なカーテンが緩やかに裾を靡かせる。

雲の少ない青空からは、柔らかな黄色い陽光。

木々から落ち行く秋の欠片たちを、優しく見守る陽だまりは、窓硝子を越えて室内にもぬくもりを届ける。

自然な熱に満たされた世界には、寄り添う二人分の影、二人分の声。

「っ、ん……」
「動くなよ」

鼻にかかった音が喉から漏れれば、先回りをした大きな掌が、細い肩を支え身じろぐ身体を抑え込む。

素肌を撫でる感覚に、背骨の奥がぞわぞわと奇妙な痺れを訴えて、強張っていた手足にさらに力が入ってしまう。

「力抜け。息、吐いて……そう」
「ちょっ……待って、む、り……」
「大丈夫、痛くないから。深呼吸してみろ」
「ふっ……ん、ぅ」

素直に唇を開いて酸素を取り込めば、独特な香りが鼻腔から抜けて行く。

決して不快ではないけれど、いつまで経っても慣れぬ匂い。

背中を這っていた手がするりと下がり、少年の腰に到達すれば、ビクッと大袈裟なほどに身体が跳ねてしまった。

それを咎めるように、背後の男が少年の旋毛にコツンと額をぶつけた。

「ごめ――」
「じっとしてろ。少し我慢すれば、すぐによくなる……」
「あっ……っ!」

一段高い声が上がったのと、二人分の重みを預けられたベッドが軋んだのは同時。

保健室のそれと言えど、良家の子息ばかりが在籍する碌鳴の設備に、抜かりはない。

簡素ながら上質なシングルベッドのシーツに、華奢な指先が皺を作った。

「武、文……いっ、たい」
「もう少し、我慢してくれ。光」
「や……も、ほんとに……」

横たえた身に覆い被さる保護者の白衣が、滑らかな皮膚を悪戯に掠めるから、痛みと共にむず痒さが全身を駆け抜ける。

ただでさえ余裕のない光は、小刻みに震えながら切れ切れに悲鳴を上げるばかりだ。

「た、ふみ……やっ、いたい」
「動くな、ズレるから」
「痛い……だ、めだ……いっ」

腰を刺す衝撃だけでなく、脹脛から内腿、足の付け根までがビリビリと痺れて、眉をぎゅっと寄せて堪えるものの、これ以上は無理だ。

ひんやりと冷たく湿った感触が、背骨の真ん中に触れた瞬間、光は我慢の限界とばかりに爆発した。

「痛いって言ってるだろ!!」
「うわっ」

バッと半身を返して叫ぶと共に、こちらの身を跨いでいた木崎が呆気なく床へと転げ落ちた。
派手な衝撃音に同情するよりも、全身に走った激痛に光は声を殺す。

「っ……!!」
「っとに……急に動くな。ほら、湿布ダメになっただろう」
「……ごめん」

光の腰から剥がれた一枚を、木崎は打ちつけた腰を擦りながら、指先でつまんでみせた。




- 561 -



[*←] | [→#]
[back][bkm]



「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -