手がかり。
SIDE:木崎
晴れ渡った屋外の陽光が、廊下に並ぶ窓から差し込み、四角形に切り取られた陰を連綿と足元に描いている。
広大な学院の敷地のそここで行われている、白熱した試合の盛況ぶりとは比べるまでもなく、校舎内は閑散としていた。
運営本部の設置された本校舎には、まばらながら人の出入りがあるものの、クラス教室や特別教室しかない西棟は無人と言っても過言ではないだろう。
緩やかな静けさに満たされた空間は、常とはまるで別の顔だ。
穏やかでありながら、無機質な態度。
慌ただしい外界を切り離し、時を止めたかのような世界。
それを破壊するのは、一人分の靴音。
無粋だな、と内心で笑いながらも、男は普段と変わらぬ歩調でいた。
纏った白衣の裾が、小さく揺れる。
板についた仕草で眼鏡のブリッジを押し上げながら、木崎は何の変哲もない廊下の隅々にまで視線を飛ばした。
場所は西棟四階。
体育祭のために人の掃けた今、校舎内の詳しい調査を行うには絶好の機会だ。
ドラッグの手掛かりになるようなものはないかと、調査員としての感性をフル稼働させながら廊下を進む。
時折、遠くの応援の声が鼓膜を掠め行くも、集中を乱すことはない。
並ぶ資料室を気紛れに開けては物色し、目ぼしい何かを見つけられずに扉を閉める。
ここに至るまでの本校舎、西棟三階まででも、不審な点は発見できなかった。
三つ目の資料室を出たところで、調査員は吐息を落とした。
潜入先の施設の探索は、本来ならば早々に終わらせておくべきものだ。
今になって木崎が基本的な調査をしているのは、先に潜入をしていた光では、校舎内の詳しい探索が難しかったためである。
日常の学院生活の中で気を配ってはいても、入念な調査などしては悪目立ちをするのは必至。
ただでさえ、学院において悪い意味で注目を集めているのだから、妙な行動を起こして怪しまれるわけにはいかない。
今日のように行事で校舎がもぬけの殻になることがあっても、一生徒に過ぎない光には生徒たちと共に参加をする義務がある。
イベント中の生徒の様子には注意を払えるが、校舎の中を回ることは出来ないのだ。
光が先学期に作成したリストの要注意人物たちは全員シロ、霜月 哉琉は入院中で睡眠薬のことから口を噤むのは目に見えている。
銀髪の容疑者に該当する者は今のところおらず、有力な手掛かりが何もない現在、地道な作業でもやらないよりはずっといい。
それに、予てから光が指摘していたように、行事開催中ほど売人が動きやすいものはないのだから、この調査がまったくの無駄になるとは思えなかった。
消火ホースの入っいる格納庫を覗き込んでいた男は、ふと視界の端に映ったものに顔を上げた。
廊下の隅に、ポツンと置かれているのは消火器である。
どうにも気になって近づくと、武はレンズの内側の瞳を怜悧にさせた。
設置台の上の消火器は、長い間使われていないにも関わらず、取っ手の部分にホコリが溜まっていない。
ブルジョワ校らしく、業者による掃除が行き届いているとも考えられるが、奇妙なのは台の上にはうっすらと塵が積もっている点だった。
そうしてその塵には、動かされる理由のない消化器の丸い輪が、微妙にズレて刻まれている。
つい最近、誰かが動かしたようではないか。
これが、クラス教室のある三階以下ならば、生徒がふざけて倒したり、ぶつかったりした可能性も考えられるが、ここは四階。
各教科の教師が物置として使用する、資料室ばかりのフロアだ。
明らかに、おかしい。
その場に膝を着き、木崎はそっと消火器を傾けた。
「ビンゴ」
浅い窪みのある底に張り付けられていたのは、透明なビニール。
その内側で鮮やかな赤が、狂気を香らせていた。
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