◇
「っ……」
「ふぃ、15−0……」
動揺を帯びた審判の声が、静まり返った世界に響く。
サービスエース。
いくら仁志が油断していたとは言え、まさかの出来ごとに誰もが目を剥いて光を凝視する。
ただ一人、放送席の穂積だけ笑いを堪えて拍手をしていた。
「はぁぁぁぁ!!??」
かき消したのは、大絶叫。
「っめぇ、やったことねぇっつっただろ!!」
「やったことないよ」
「んなわけねぇだろっ、今ので初心者とかふざけんな」
「いや、本当に……。今日が初めて」
マナーに反した怒鳴り声を、誰も咎めることは出来ない。
あんな高速サーブを打たれては、信じろという方が無理な話だ。
だが、光の性格をよくよく承知している男は、困り顔で首を振った光に、片頬を引きつらせた。
「……お前、マジで?」
「マジで。今日、初めてラケット握った」
「信じられねぇ、マジなのかよ、嘘だろ、どんな能力持ってんだよ」
頭を抱えて呻く仁志の姿を前にして、苦笑が漏れる。
予想以上の反応だ。
光は一度目にしたものならば、かなりの精度で形にすることが出来る。
弓道場での一件から、その能力を知っていた穂積が出して来た提案は、テニス初心者の光がテニスにおいて仁志を圧倒するというもの。
勝利とまでは行かなくても、彼の伸び切った鼻を折るくらいはしてやるつもりで作戦に乗った。
まさか、ここまでの衝撃を与えるとは、思いもしなかった。
仁志にも、観客にも。
「どうなってんの!意味分かんないんだけどっ」
「サービスエースって、仁志様、今日初じゃね?」
「長谷川って運動出来たんだ……」
ギャラリーのざわめきから、自分がインドア派の運動音痴と思われていたと知る。
己の外見を鑑みれば、先入観を抱いてしまうのも致し方のないことだろう。
一人納得をしていた少年は、対面の金髪頭から噴き上がる闘気に気付き、ギクリッと肩を跳ねさせた。
「に、仁志……?」
「……光」
「なん、だよ」
尋常でない気迫に押され、思わず後退する。
常にない威圧感を漲らせた仁志は、俯けていた顔をのっそりと持ち上げて。
「全力で叩き潰すっ!!!」
「はっ!?ちょ、待て!本気で来られたら俺だって……」
「うるせぇ、てめぇの意見なんて聞くかっ。ぜってぇ勝つ!!」
「言わなくても、仁志が勝つよっ」
「んな能力隠し持ってたなんてなっ。光!てめぇこそ俺のライバルだっっ」
ビシッとラケットを突きつけての大宣言。
大袈裟なまでのアクションに煽られて、観客も湧きあがる。
光はと言えば、自分を置いてヒートアップしていく周囲に、慌てふためくしかない。
仁志の好敵手認定なんて全力で拒否だ。
「おら、とっとと再開すんぞっ」
「いや、あのさ、そんな熱くならなくたって……」
どうにかして、相手の昂ぶった心を鎮めようと試みる少年に、囃し立てる生徒たちの声を理解することは出来なかった。
「仁志様ぁ!」
「長谷川、いいぞー」
「お前、どっち応援してんだよ」
「だって面白くね?長谷川、意外に出来るっぽいし」
「頑張って下さい、仁志様っ」
変化した風向きを感じ取っていたのは、やはり一人だけ。
仄かな笑みを添えた口元を、穂積が右の手で隠していたなんて、光が知る術はない。
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