「何で長谷川なんだよ。冗談だろ」
「あいつ出来んのか?」
「仁志様、頑張ってくださーい」
「見てわかるだろ、勝てるわけねぇじゃん」

会場に集った生徒の視線を一身に受けた光は、苦い笑いをどうにか表に出すのを堪えた。

穂積の意図を察したときから、ある程度のことは覚悟していたし、提案に乗ったのは自分なのだから後悔はしていない。

それでも、今日一日で悪目立ちしている事実は、少年の心を複雑な感情で彩る。

学院において存在を受け入れられ始めている現在、下手な真似をして以前の状態に逆戻りはしたくない。

大多数の前に出て、派手なことをするのにだって慣れていない。

穂積が大仰なアナウンスでもしたのか、会場の熱気は凄まじく、その中心に立つだなんて最も避けたい事態だ。

だが、調子付いている仁志に腹が立ったのもまた、事実だった。

学院指定の白いジャージの下で、駆け足になっている心臓を落ち着けるために、一度だけ目蓋を落として深呼吸。

ゆっくりと目を開いた少年の視界には、満足げな表情でこちらを見やる、穂積が映り込んだ。

放送席を完全に占拠した態度で、優雅に脚など組んで傍観している。

その尊大な態度に、呆れよりも先に安堵が来てしまった自分に、内心だけで首を傾げつつ、光はネット越しで対峙した友人に向き直った。

「お前、テニス出来たのかよ」
「やったことない」
「はぁ!?マジかっ?なら何で俺に試合挑んでんだよ。言っとくが手加減しねぇぞ?」
「……」
「しかも、今日の俺はすげぇ!」

胸を張っての自画自賛。

落ち着くどころか加速している調子の乗り方に、怒りを通り越して眩暈がする。

度々不遜な発言をする仁志は、決してナルシストなわけではなく、単に事実を述べているに過ぎない

己を客観視した結果、紡ぎ出される言葉たちなのだが、ここまで来ては問題だ。

冷水をぶっかけてやるのも、友人としての務めだろうと考えて、笑みが滲んだ。

「じゃあ、先にサーブくれる?」
「あ?ハンデか?いいぞ、いくらでもやるよ。何てったって、今日の俺は……」
『おい色呆け、さっさと始めろ』
「っせぇな!外野が口出しすんなっ」

絶妙のタイミングで入った穂積の突っ込みに、がなる男からボールを受け取る。

位置についたのを確認して、光は感触を確かめるようにボールをバウンドさせると、初心者とは到底思えない慣れた動きでトスを上げ。

打った。

回転の少ない黄色の球は、会場全体の度肝を抜くスピードで空を駆け抜け、唖然とする男の足元で鋭く跳ねて行った。




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