見計らったように言われた内容は、会場にいるすべての人間の目を見開かせた。

疲れて据わっていた仁志の目も、例に漏れずぎょっとまん丸だ。

「はぁぁぁ!?」
『ちなみに、この対戦を受けなかった場合、不戦勝として相手選手に綾瀬のキスは渡るぞ』
「てめぇマジふざけんなよっ!なに勝手なこと言ってんだよっ、許すわけねぇだろバ会長!!」
『ならば受けるか?勝てば50ポイントに綾瀬からのキスだ。悪い話じゃないだろう』

挑発であるのは分かっている。

これみよがしで、安い煽り方だと理解している。

それでも恋人の唇を賞品にするだなんて、冗談じゃない。

他の人間に渡るだなんて、あり得ない。

綾瀬との口付けなど、自分とてまだ事故のようなもの一回きりなのだ。

涙ぐみそうな己の状況をうっかり思い出して、舌打ち。

仁志は余裕の態度を崩さない放送席の男にズンズンと近づくと、マイクや機材の置かれた長机をバンッと派手に叩いた。

眼前の黒曜石を真っ向から睨みつけて、不敵に笑ってやる。

『受けてやるよ。後で吠え面かくんじゃねぇぞ』
『決まりだな』

スイッチが入ったままのマイクに、二人分の声が入りスピーカーから流れ出た。

観客のテンションが一気に過熱して、盛り上がりは最高潮だ。

携帯電話を使っている者は、他の競技を観に行っている友人を呼びよせているらしい。

本試合以上の騒ぎを無視して、仁志は発案者だけを見ていた。

「で、対戦相手っつーのは誰なんだよ。まさか、会長じゃねぇだろうな」
「体力馬鹿のお前の相手など、俺は御免だ」
「じゃあ誰なんだよ」

この学院で自分に匹敵するほどの熟練者など、テニス部員を除けばいるはずがない。

穂積や逸見と言った、運動神経が抜群で器用な万能人間が出て来ないのならば、対戦相手は一体。

穂積はふっと口角を緩めると、一度は切ったマイクを再び入れた。

『諸君、静粛に。ではこれより、特別試合を取り行う。対戦相手は……』

思わせぶりに一呼吸の間を置いて、彼は言った。

誰もが驚く者の名を。

『2−A、長谷川 光だ』

学院指定のジャージ姿でコートに入って来たのは、真っ黒なボサボサ頭の下に無粋な眼鏡を掛けた転校生だった。




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