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「いや、一昨年までは出場していた」
「え?だって今……」
「大抵ダーツだったな。歌音が生徒会入りして譲ったが」
他はどれも面倒な競技ばかりで、出る気になれない。
言い切った男に、光は本気で殴り飛ばしたい衝動を覚えた。
優しい穂積のことだから、こちらが変に気を使わないようにとの配慮もあるのだろうが、先の発言は確実に本心だ。
真面目に受け取った自分が馬鹿だった。
「もっともらしいこと言って、サボりを正当化するのは止めて下さい」
「サボり?失礼なことを言うな、ゴミ虫。ちゃんと代替案を出しただろう」
「生徒全員参加の行事に、代替案を出す非常識を理解しろよ」
「残念だったな。お前の言う非常識が、この学院では「常識」としてまかり通る」
「……」
「……」
ビュオッ。
十月にしては異様な冷気が突風となってコートを横切った。
あまりの風圧に選手のサーブは大きく軌道を変えて、あらぬ方へと飛んで行く。
緊迫したやり取りから先に離脱したのは、腕時計を確認した穂積だ。
「そろそろ、代替案の時間だ」
「競技出場は免れたんですから、それくらいはしっかりやって来て下さいよ」
書類をまとめて席を立った男は、係の生徒に一声かけてから、歩き出そうとした。
その背中に言葉をかけたのに、深い意味はない。
「会長」
「どうした?何か問題でも――」
「行ってらっしゃい、頑張って」
「っ」
脳裏に思い描いたのは、以前目にした彼の放つ美しい弓のビジョン。
大気を貫き、真っ直ぐに滑って行った潔い心。
何故か動きを止めた男にじっと凝視され、回想に微笑みを浮かべていた光は、一変してギクリと頬を強張らせた。
しまった。
不味いことでも言ったのだろうか。
ただ送り出す文言を述べただけだが、魔王降臨となるかもしれないと、嫌な汗が背筋を伝う。
「長谷川」
「な、んですか」
ゆっくりと名を呼ばれ、恐る恐る返事。
だが、予想に反して魔王降臨もなければ、紳士笑顔からの嫌味も飛んでは来なかった。
「来るか?」
「え……」
「弓、見に来るか」
鬱陶しいほどに長い前髪と、眼鏡のレンズの奥で、少年の目は丸くなる。
思いもよらぬ展開に、一時的に思考回路が停止する。
言われた意味が処理しきれなくて、何の返答も出来ぬこちらに差し出されたのは、穂積の右手。
まるで引き寄せられるかのように、骨ばった強い手に指先を乗せたのは、ちょうど第二試合が終了したときのことだった。
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