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テニスコートの観客席に行くと、ちょうど一回戦が終了したところだった。
トーナメント戦となるこの競技では、三面あるコートで同時に試合が行われており、歌音と別れた光は、超満員となっているコートを選んだ次第である。
彼の試合の観客席が、人で溢れていないわけがない。
次のゲームのためにコートから出て行く選手の一人を見とめ、光は己の選択が正しかったことを知った。
黒を基調に赤の入ったウェアと、金髪頭の組み合わせは会場内でも明らかに目立っていた。
「仁志様ぁ〜」
「カッコよかったですー!」
惜しみない歓声に珍しくも笑顔で応じている様子から、彼が勝利を収めたのは明らかだ。
得意だと豪語するくらいなのだから、仁志はこの後も順調に勝ち進んで行くだろう。
そうなると、どこかに腰を据えて観戦したい。
光の出場する2000メートルリレーは、午後も終わりになってからで、テニスを最後まで見届ける時間は十分にある。
立ち見を続けるのは遠慮したかった。
しかしながら、生徒会役員のエントリーしている種目で、空席など見つかるはずがない。
空くのを待つしかないかと、階段の脇でひっそり嘆息した。
「席がないのか」
「え?あ……」
背後からかけられた声に振り返った先で、待っていた人物を確認した瞬間、少年は思わず息を詰めた。
歌音と同じくいつもの制服姿で立っていたのは、今の光にとってはもっとも顔を合わせたくない相手。
「会、長……」
「仁志の応援に来たんだろう。着いてこい」
動揺するこちらとは対照的に、穂積は至って平然としたままで、光の横を抜けて階段を下りて行く。
「着いてこい」と言われた手前、無視も出来ず後を追いかけたが、今にも逃走してしまいたいと言うのが本心だった。
再会は、あの夜以来。
元会長方の制裁から救出され、保健室で手当を受けたあの夜以来だ。
今なお耳から離れぬ穂積の言葉を、今日までに何度殺して来たか。
ただでさえ頭の奥から消えてくれないあの記憶が、彼を目の当たりにしたことで。
彼の声を聞いたことで、彼の瞳とぶつかったことで、色鮮やかに蘇る。
目を覚ました歓喜と絶望が、穂積の背中に着いて行く光の足を、鉛の重さに変える。
どうにか前に進めるのは、総動員した理性のお陰だ。
苦しい葛藤を抱える光が案内されたのは、観戦席最前列に設けられた、関係者用のシートだった。
穂積は当たり前のように、試合の記録を取っていた運営の生徒に言った。
「二年の長谷川だ。仁志のマネージャーとして入る」
「ちょっと待って下さいっ」
「あいつのことだ。どうせ決勝まで進むだろうし、試合もギャラリーが移動しなくていいようにこのコートでしか行われないだろう。長時間、立っているつもりか?」
「だからって、こんなことしたらまた他の生徒が……」
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