「サバイバルゲームのとき、お前の足にうちの奴等は一人もついて行けなかっただろう」
「あ……」
「護衛をつけると言っておいたから、開始早々に逃走されるとは思わなかった」
「……その節はご迷惑をおかけしました」

〔ゲスト〕指定された光の安全のため、会計方の生徒が秘密裏に護衛をしてくれたらしいのだが、仁志の追及に追い詰められた少年は、そんなことなどすっかり忘れて全速力で逃げ出したのだ。

人の親切を無碍にしてしまったのだから、遅ればせながら頭を下げた。

「あれは部下が悪い。お前の実力を外見で測って、油断していたようだからな」
「運動音痴にみえるってことですか?」
「言われたことはあるだろう。実際には、相当な実力者だとしても」

探るような色をした眼鏡の奥の双眸で、光を見据えた逸見は、意味深な薄い笑みを口元に浮かべる。

こちらの力量を看破されている気分になったものの、光は動揺することなく、彼と似た表情を浮かべた。

「逸見先輩も、デスクワーク専門っぽいですよね」
「スポーツをやらないように見える、とはよく言われる」
「でも、本当はすごく運動神経がいい。たぶん、仁志や会長よりも」
「……」

長身で骨格のしっかりとした逸見だが、理知的な風貌と事務作業に従事しているために、あまり身体を動かすのを好むようには見受けられない。

むしろ、汗をかいて肉体を酷使する者を、「筋肉馬鹿」と嘲っていそうなイメージがある。

光のように運動音痴に見られることはなくとも、身体能力が卓越しているようにも思われていないのだ。

けれど違う。

逸見の実力は仁志や穂積、そして己をも上回るだろうと、光は随分前から気付いていた。

屋内では常に扉の傍に身を置き、有事の際には真っ先に動けるよう神経を張り巡らせていることも、歩く際にはわざと足音を立てるように意識していることも、実力があるからこそ、光は彼の能力の高さを見抜いていた。

逸見は強い。

他者に守られることを前提に生きて来た、富裕層の子息などには決して備わるはずがない、戦いの第一線に在り続ける人間特有の、狡猾で強かな眼をしているのだ。

互いに向かい合ったまま、しばしの沈黙が流れた。

無言の攻防は、二人の狭間にある空気をきりきりと痛めつける。

こちらだけ引きずり出されるなど冗談ではない。

光の中の「千影」に、その方向から詮索の手を伸ばすつもりならば、彼は相応のものを差し出すべきだ。

一歩も退かぬ構えで微笑みを崩さずにいれば、やがて逸見の方から視線を外した。

「仁志の応援に行くんじゃなかったのか?もうそろそろ時間だぞ」
「あ、忘れてた。逸見先輩、次は空きですが?」
「いや、体育祭の見回りが入っている。役員と委員で交代制なんだ」

何事もなかった素振りで会話をする彼らからは、寸前までの緊迫した気配など微塵も感じられない。

仁志の試合を観戦できなくて残念だと語る男に、光は会釈を返すと小走りで馬場を離れた。

テニスコートはもう暫く先だ。

煉瓦道に立つ外路時計で時刻を確認すれば、第一試合には間に合わなそうだった。

広大な敷地面積も考えものである。

逸見も光も、結局は本性を明かすつもりなどなかったのだから、無意味なロスタイムだったと考えつつ、ジャージ姿の生徒が目立つ煉瓦道を走り抜けた。




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