「では、今日も一日有意義な時間を過ごしましょう」

そう締めくくって、相変わらず無駄話を止めなかったこちらに、一切注意をしなかった担任が教室を後にしても、二人は動きださなかった。

授業の用意をする者、廊下へと出て行く者、数日後に迫った体育祭の話題で盛り上がる者。

様々な喧騒に包まれる。

当人たちだけの沈黙を破ったのは、仁志だった。

「お前さ、自分の秘密を打ち明けたいって思ったやつ、いるか?」
「仁志」
「俺は抜かせ。つーか、この流れで俺って言われても困る」

今度は彼の言いたいことが理解できて、まぁそうだろうなと頷きを返す。

話の展開を考慮するに、光が自らの正体を明かしたいと望む相手こそ、心を傾けている人物なのだと、仁志は言いたいらしい。

彼へ抱いたように友情から来るものもあるのだから、一概には言えないだろうと思う反面、勝ち誇った気分になった。

「やっぱりいない、俺に好きな人なんて。仁志以外に自分のことを話したいと思った相手なんて、一人も……」

残念だったな、とばかりの調子で続けようとした光が、最後まで口にすることは叶わなかった。

見つけてしまった記憶に、眼鏡の下で瞳を見開き硬直する。

違う。

仁志だけじゃない。

正体を明かしたいどころか、更に悪質な思いを抱いたではないか。

気付いて欲しいと、思ったではないか。

光の真実の姿と接しても、何一つ気付かない鈍い男に。

千影の偽りの姿に対して、真摯な眼で幸福を与える男に。

「俺」はここにいる。

叫びたい衝動に駆られた根底には、何が潜んでいるのだろう。

しきりに仁志が唱えていた音が、耳の奥で木霊するから、追い出すように頭を振った。




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