出された「資料室」のワードに、遠くはない記憶が刺激されて、背筋が薄ら寒くなったのと、先を歩いていた仁志がくるりとこちらを向いたのは、ほぼ同時。

「なにボサッとしてんだよ、光。そいつより後に教室入ったら遅刻にされんぞ」
「え?だって、一緒に歩いてるじゃん」
「アホ。半歩でも先に入られたら終わりだ。とっとと来いよ」

ほとんど詐欺のようなものではないか。

まさかの思いで仰ぎ見た隣りの男は、こちらと目を合わせることなく微笑んだままでいる。

「嘘だろ……」

何て性格の悪さかと内側だけで乾いた笑いを零しつつ、光は須藤に軽い会釈を残して待っている仁志へと駆けて行く。

ポンッと頭を叩かれ、もうすぐそこに見える教室の扉へと急いだ。

窓際最後尾の席へと着席すると、ちょうど担任が教卓についたところだった。

まだチャイムまでは一分程度の猶予があるものの、自分よりも後に入って来た生徒の名前を呼んでは、遅刻の烙印を押している姿に眩暈がした。

「なぁ、光」
「仁志の言う通りだったな」
「あいつ性質悪ぃからな。じゃなくって、お前の方はどうなってんだよ」
「どうって、何が」
「好きなやつ」
「は?」

予想外の発言に、ぎょっと横の席を見やった。

先ほどの話しが続いていた事実もそうだが、何より恋愛感情というものを実感を伴って理解しているとは言えない光に、その手の話題を振るとは。

恋心と己を結び付けられず、困ったような笑みが口元に乗る。

「俺にいるわけないだろ。そもそも、恋とかよく分かんないし」
「はぁ?いないはずねぇだろ」
「何で言い切れるんだよ」
「それは、だな……」

断言されても心当たりはまるでない。

逆に、どうして光に思い人がいると、勘違い出来たのか教えて欲しいくらいだ。

訝しげに注視すれば、仁志は歯切れ悪く言い淀む。

根拠もなしに断じたのかと判断して、前方でSHRを続ける須藤に目を戻した。

「なら」
「なんだよ、また適当なこと言うなよ?」
「適当じゃねぇだろ。お前が分かってないだけなんじゃないのか」
「分かってないって、何を」
「……本気で言ってんのか」
「本気で仁志の言っていることが通じてないです」

彼の意図がさっぱり分からない。

探るように見つめられても、意志の疎通が図れていないのだから困ってしまう。

光に理解力が足りないのか、仁志の伝達能力に問題があるのか。

膠着状態で互いの瞳に相手の姿を映したまま停止する。




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