「俺たちには、簡単なことじゃねぇんだよ」
「告白することを簡単だとは思ってないけど……」
「違う」

どんな気持ちであれ、己の本音を明かすのは恐ろしいことだ。

仁志と友人になりたいと思い、怯える身を鼓舞して正体を打ち明けた光には、本音の吐露が簡単であるなど、口が裂けても言えない。

相手は目を下げたまま、首を振った。

「告白自体が問題なんじゃねぇ」
「え?」
「好きだって言った後が、問題なんだ」

深い音色は窓の向こうに見える空色にも似た重さだったが、何かを悲観しているようには聞こえなかった。

むしろ、どこか決然とした響きをしている。

ふっと短く息を吐いたのをきっかけに、顔を上げた仁志の表情に陰りは見えない。

「ここで誰かを本気で好きになったら、俺らは選ばなきゃならねぇんだよ」
「選ぶって、何を……」

意味を図りかねる発言に投げかけた疑問符は、背後から聞こえた声によって途切れた。

「おはようございます。仁志くん、長谷川くん」
「っ……おはようございます」

ドキリッと跳ねた鼓動に僅かに息を呑むも、光は平然を装ってゆっくりと相手を振り返った。

片手を上げて近づいて来たのは、予想通り須藤だ。

人の良さそうな優しい微笑みに、制服を纏った身体に緊張が走る。

瞬時に少年の中の調査員が起動して、内心の警戒などおくびにも出さず、こちらも当たり障りのない笑みを浮かべた。

「そうそう長谷川くん、リレーの走る順番なんですけど、四番手の栄くんが二番目の君と変わって欲しいそうなんだ。どうかな?」
「別にいいですよ。特に支障ないです」
「ならよかった。仁志くんは、どうかしましたか?ただでさえ悪い目つきが悪化していますが」
「うるせぇよ」

担任教師の失礼な言葉に相当する失礼な態度で、仁志は歩調を速めて前に行ってしまった。

それを楽しそうに眺める須藤から、甘い匂いはしないかと嗅覚を集中させるも、まったくの無臭で空振りに終わる。

現実的に使える情報がない現在、光の最重要調査対象はこの男。

今はあの妙な悪寒もなく、見たところ不審な点はないが、油断するわけにはいかない。

「あの、先生」
「なんですか」
「この間、化学のテキストを買ったんですけど、いまいち分からないところがあって」
「二年生の?」
「いえ、大学入試向けの参考書です。まだ、進路は決めていないんですが、自分で勉強しようと思ったんです」

進路と口にした瞬間、口の中に広がった苦みに眉が寄りそうになった。

舌の上のざらりとした感覚をやり過ごす。

「あぁ、なるほど。君の学力ならそれくらいでもいいだろうね」
「それでもしよければ、先生に時間があるときにでも質問をしに窺ってもいいですか?」
「構いませんよ。頭のいい子も向学心のある子も、好きですから。いつでも資料室に来るといい」
「ありがとうございます」




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