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与えられた逃げ道を、自ら捨てたのだから。
立ち向かうべき現実に、覚悟を決めたのだから。
踏み出してしまった一歩を、後悔する気はない。
「俺は、あなたが好きです」
想いのままに、心のままに。
飾ることなく、醜いくらいの感情を解放させる。
「ずっと、ずっと好きでした。気付いていたかもしれないけれど、あなただけを好きでした」
好きです。
柔らかに笑う、あなたが。
好きです。
突拍子もないことをする、あなたが。
好きです。
何一つ、胸の内を読ませてくれない、あなたが。
言葉などでは表現し尽くせない。
極近い場所で接し続け、記憶に焼きつけて来た、すべてのあなたが好きだ。
今目の前に立つ、あなたが好きだ。
「俺は、綾瀬 滸が、好きです」
夜に溢れ出した情熱は、仁志の抱え続けた数年分の痛みと幸福と渇きを、混ぜ合わせ凝縮した深い想いに満ち満ちていた。
瞬きすらせずに、ただ一心に綾瀬を見据える男は、ようやく告げられた瞬間に感じた解放感と恐怖心に泣きたくなった。
なけなしのプライドが情けない事態を引き起こさぬよう作用していたのは、僅か。
仁志は、切れ長の双眸をまん丸にする。
見事な氷像のように固まっていた綾瀬の右の瞳から、すっと頬を伝い落ちた一滴。
真珠のように滑らかに滑り、足元へと消えて行ったそれは、仁志が初めて目にする綾瀬の涙だったと思う。
衝撃に目を見開いていた男がそう認識するより早く、決して二滴目を流すことのない麗人は、ふんわりと頬を綻ばせた。
「僕も、仁志くんのことが……好きです」
真実を告げた綾瀬の笑顔は、悲しいほどに美しかった。
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