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「だって、仁志は参加すんだろ?」
「当然」
「なら、俺も出て……」
「アホ。俺の説明聞いてたのかよ、長谷川 光クンは」
ぐっと眉を寄せて諭そうとしている友人は、しかしながら傍目からは地味な生徒を脅迫しているようにしか見えない。
秀でた容姿のくせに、なんとも損なビジュアルの持ち主だ。
「サバイバルゲームは、言い換えれば誰がどう怪我しようが、誰も文句を言えねぇ行事なんだよ。分かるか?学院全体から敵視されてるお前が参加しようもんなら、ここぞとばかりにリンチに合うぞ」
「……」
低く抑えた声に、光はこくりと喉を上下させた。
仁志の言う通りである。
ゲームのどさくさに乗じて、自分を袋叩きにしようと思う人間は、多く存在するだろう。
それだけ光の穂積に取った行動や、仁志との接し方、陰鬱な外見は、生徒から厭われているのだと、重々理解している。
だが、現在のところの売人候補である仁志とは、出来るだけ行動を共にしておきたい。
それこそゲーム中に薬の取引があってもおかしくないのだ。
こうして自分を気遣ってくれている彼を疑うのは、あまり気分のいいものではないが、仕事のためだと、考えをコントロールする。
「集団に囲まれて、乗り切れる自信があんのか?」
「けどっ……!」
食い下がろうとした光は、けれど突然表情を改めた仁志に言葉を詰まらせた。
面倒くさそうに、そして不安そうに友人の口から重苦しい吐息が零れ出る。
「けどな……もしかしたら、無理かもしんねぇんだよな」
「は?」
「いや、けど流石の会長も、そこまで惨いことはしねぇだろうし……だいたい綾瀬先輩や歌音先輩が止めんだろうし」
ぶつぶつと、顔を俯かせて独り言。
意味が分からず、光は首を傾げるばかりだ。
「一体どう言う……」
「教えてやろうか?」
耳に直接吹き込まれた甘い低音に、光はビクッと心臓を跳ね上げた。
それまで意識的に遮断していた、外からの音声がどっと流れ込み、甲高い悲鳴に支配された廊下の惨状を光の脳に叩き込む。
同時に、彼の優秀な頭脳が己の顔のすぐ横に感じる気配の正体を、囁き声から特定してしまう。
対面に居る仁志の面が、みるみる険しさを増したのを見て、予感が確信に変わった。
「おはよう、仁志と……名前負けのごみ虫」
「おはようございます、醤油会長。香ばしい匂いは取れたみたいで、何より」
投げられた言葉に相応しい挨拶を返しながら、光はさっと背後を振り返りつつ、仁志の隣まで後退する。
レンズの向こう側には、思い浮かべていた人物が、昨日と変わらず素晴らしい美貌を備えて、悠然と佇んでいた。
やはりあの、紳士的な笑みを浮かべて。
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