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分からない穂積は、内側に存在する恋心を静かに認めるのみ。
今、想い告げたところで、光を苦しめることになるのは明白だ。
頼ってしまう自分を嫌悪する彼に、救済を約束するだけに留まらず、恋慕の情さえ明かすのはあまりに酷だろう。
穂積がすべきことは、想いの押し付けではなかった。
「俺が片思いか」
慣れない立場に苦笑が漏れる。
デスクの上に散らばった書類をしばし眺め、それから不意に視線を流した。
「……お前は、逃げるのか?」
クラッカーのごみを処理していた綾瀬の動きが、ぴたりと止まった。
すっかり巻き取られたカラーテープは、腕を締め付ける拘束具のようだ。
紅茶色の瞳が穂積の漆黒とぶつかり、やんわりとした微笑が彼の口元に浮かぶ。
「逃げる?何の話?」
「はぐらかすな。向き合う気はあるんだろう、ここだけ逃げてどうする」
かわされかけるも、珍しく追いかけた。
彼らの問題だ。
第三者が口を出すべき問題ではない。
だが、今となっては穂積も綾瀬と同じ立場。
タイムリミットを意識せざるを得ない時期ともなれば、その胸中も手に取るように分かってしまう。
真剣な表情で向き合った先の男は、笑みはそのまま、瞳の奥に硬質な決意を秘めて口を開く。
「逃げるんじゃない。僕は、選んだんだ」
きっぱりとした口調は、何かを断ち切るように怜悧に響いた。
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