学院に潜入して数カ月、初めて遭遇した奇跡の光景に、光は言葉もなく唇をぱくぱく開閉させた。

「んだよ。言いたいことあんならはっきり言え」
「……」
「俺がテニス選んだら変かよ」
「テニスっ!?」

衝撃のあまり塞がっていたはずの喉は、自分をこの状況に突き落とした人物によって声を取り戻した。

何だ、その爽やかチョイスは。

三百六十度、一部の隙もないほど不良然としたこの男が、テニスをやると言うのか。

あり得ない、信じられない、嘘はやめてくれ。

「冗談はピアスの数だけにしろよな」
「どういう意味だコラっ!」

危うく騙されるところだった、危ない危ない。

なんて、胸を撫で下ろすも虚しく、喜怒哀楽の激しい生徒会書記が怒声を上げるから、彼が本気で選んでいるのだと悟らされてしまった。

「マジですか……。運動できんの?」
「舐めんなよ。俺が運動音痴なわけねぇだろが」
「そうなんだけど。でも、テニスって」

あれだけの戦闘能力を持っているのだから、彼の身体能力を疑っているわけではない。

ただ、仁志がスポーツをしているところを、どうしても想像出来ないのである。

日々のストレス発散や、健康維持、体力増進など、様々な目的で運動は行われる。

けれど、そのどれもが健全な響きを持っていて、ビジュアル不良の仁志に結び付けるのは不可能だ。

過去にテレビで見たテニスの試合は、手に汗握る緊張感の中、選手たちが持てるだけの力をぶつけ合い、正々堂々スポーツマンシップに則ってゲームを行っていた。

あの熱気溢れる清々しさを、これまで接して来た仁志という男から感じたことがないのも、光が愕然とした理由の一つだった。

二人のやり取りを聞いていた須藤は、ふむと思案顔になった。

「仁志くんもテニス希望ですか。ですが、もう随分と多くの生徒が立候補していますねぇ。三人までなんですが……」
「俺やっぱり止めます!」
「仁志様が出場されるのなら、それが一番ですっ」
「どうぞ僕らを優勝に導いて下さい、仁志様!!」

猛然と辞退者が続出。

手を挙げたとき以上の勢いで、生徒たちは仁志へと三つしかない出場枠を譲りだすから、頬が引きつる。

間違いなく確信犯の須藤を白い目で見るも、彼は平然とした様子で決定した生徒の名前を、申請用紙に記入していた。

いくら生徒会役員が学院内で揺るぎない地位を確立しているからと言っても、フェアプレーの精神を微塵も感じさせない決め方で果たしていいものだろうか。

競技種目に入っている部活に所属している生徒は、該当競技に出場できないけれど、それに次ぐくらいの実力者が出るのが妥当では。

「仁志って、テニス上手いのか?」
「半端なく上手い」
「うん、やっぱり俺が悪かった」

きっぱりと言い切られて、これ以上は何も言うまい考えまいと結論を出した。




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