フェアプレイ。
「さて、十月と言えば何があるでしょう?そうです、体育祭ですね」
問いかけておきながら、須藤は誰の返事を待つこともなく自ら答えを口にした。
挙手をしようとした生徒が、一人恥ずかしげに俯くのを同情的に見つつ、光は出された行事の名前に「もうそんな季節か」と考えた。
体育祭は十月に行われると、一学期のときに仁志から教えられた記憶が蘇る。
あのときはこれほどの長期間、学院にいることになるとは思わなかった。
今のままではいけないと分かっていても、思うように進まない調査に気持ちばかりが逸る。
何のために慣れない環境に身を置いているのか。
すべてはドラッグの売人を見つけるためではないのか。
ここ数日間、何度となく己に言い聞かせた基本事項を心中だけで繰り返せば、黒板に何事かを書いていた須藤がチョークを下ろした。
カタンッという軽い音色に、意識を覚醒させる。
2000メートルリレー、バスケットボール、テニス、乗馬、弓道、ダーツ、他もろもろ。
括弧書きで出場人数。
予備の眼鏡越しに捉えた競技の数々に、嘆息だ。
久方ぶりに教室に現われた隣りの席の男に、薄々返答を予想しながら声をかけた。
「これって体育祭の種目なんだよな?」
「当たり前だろ。今その話してんじゃねぇか、寝てたのか?」
「……ううん、俺が悪かった」
いつもならば行事の説明など聞き流してるはずの仁志は、意外なほどに目を輝かせていてがっくりと項垂れる。
リレーやバスケットボールはともかく、乗馬やダーツが体育祭の正式種目に加えられているのは、果たして一般的なのだろうか。
他の教育機関を知らない光に判断する術はないけれど、お得意の碌鳴ルールの気がしてならない。
ブルジョワ校に通い続けている他の生徒たちにとっては、ごく当たり前なのか誰も何も言わないから、光は諦めの境地で仁志に首を振ってみせた。
「今年の体育祭の種目はこのようになりました。自分の特技をきちんと考慮して、出たい競技に挙手をして下さい。あ、必ず一人一種目出てもらいますからね。ではまず、2000メートルリレーに出場したい人」
須藤の声に応じた生徒は僅かに三人。
出場人数は五人なのだから二人ほど足りないが、まずは一通り希望を聞くつもりらしく、須藤は続けてバスケットボールを呼び掛けた。
運動に自身があるものや、長身の生徒がこぞって手を挙げる。
次のテニスにも、生徒たちは積極的に手を挙げていて、リレーの不人気は明白だ。
黒板に並ぶスポーツの内、光が本格的にやったことがあるのはダーツくらいなのだけれど、クラスの様子を見る限り希望が通るとは考えにくい。
どうしたものかと考えを廻らせつつ、すいと仁志に目を流して硬直した。
「え?」
手を、挙げている。
あの仁志が。
ダルそうに肘を曲げてはいるものの、金髪頭より上に彼の掌がある。
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