◇
「で?」
「あぁ?」
「何が「さっぱりわかんねぇ……」なんだ?」
平然と問いかけられて、仁志はどきりとした。
このまま脱線してくれても構わなかったのに。
そう思うのは、彼の悩む内容が他人に語るには聊か心持の悪いものだったからだ。
どうしたものかと視線を廻らせたのは僅か。
薬品棚、書架、寝台、また薬品棚に戻った段階で思い切って口を開いた。
「……ダチの話なんだけどな」
「ん?」
「よくわかんねぇんだよ、関係が」
説明不足な仁志に、木崎は促すように首を傾げた。
さらりと白衣の肩を滑った彼の茶髪が、視界の端に入る。
「好き同士なのか、そういうんじゃねぇのか。その、はっきりしないっつーか」
「あぁ、友達の恋愛事情?」
「恋愛かどうかさえ、よくわかんねぇ」
一度言葉にしてしまうと、胸の内に溜まっていた形のない蟠りは、するすると外へ流れ出た。
金髪頭にくしゃりと指を入れて、一度は起こした身を再びテーブルへ突っ伏す。
思い浮かべるのは光と穂積のことだ。
つい先日、遭遇したばかりの出来ごとがはっきりと脳内再生される。
急に着信を告げた携帯電話からの連絡に、すぐさま書記方を招集して駆けつけた仁志の視界が捉えたもの。
傷だらけの転校生。
紅蓮を押し殺す生徒会長。
何事か言葉を交わしていた二人。
そうして穂積が取った行動は、憤りを堪えていた仁志の鋭い双眸を、見開かせるだけの威力があった。
拒絶の意思を示す少年を、抱き上げたのである。
穂積という男は、基本的には自分の意見を押し通す「会長様」だが、一方で強大な権力を持つ者らしく意外にも常識人だ。
その彼が必死に暴れる腕の中の存在を無視して、保健室に運んで行く姿に呆気にとられてしまった。
無残な状態の光を案じてのこともあるだろうし、一刻も早く治療を施すべきと判断したのならば当然のアクションとも言える。
けれど穂積の瞳に滾る熱は、決して「心配」の二文字だけで構成されているようには思えないのだ。
「らしくねぇんだよな。あの人が誰か一人のために一生懸命なのって」
「へぇ」
「今回のことだけじゃねぇ。最初は潰すとか言ってたくせに、気付けば毎回必死になってんだよ」
それを受け取る光の様子も、常とはまるで異なっている。
感情を剥き出しにして穂積に訴える声は、細く悲痛な響きで仁志の鼓膜にまで刺さった。
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