恋の秋。




SIDE:仁志

「さっぱりわかんねぇ……」

煮詰まったような呟きは、本人が予想するよりも大きく響いた。

十月に入って一気に色づいた木々の葉が、窓の向こうで舞い散る様を眺めていた仁志は、テーブルの上に頬を押しつけたまま、そろりと眼だけを持ち上げる。

誰かに相談したい気持ちはあったから、聞かれて問題があるわけでもないのだが、如何せん相手が相手だ。

今更ながらに、話しても大丈夫だろうかと様子を窺った。

「どうかしましたか?」

コーヒーカップを片手にこちらを向いたのは、フルリムの眼鏡が知的な印象を演出する色男。

教師にしてはやや長めの茶髪と、目尻にある泣きボクロが軽薄になることもなく、白衣の下に纏った品の良いクラシコイタリアと合わさって、上質な大人を形成している。

武 文也と名乗る二学期からの養護教諭が、実は千影と同じ探偵であったと知ったのは然程前のことではない。

驚かなかったのは、ファーストコンタクトから感じていた、武の嘘臭い柔和な笑みのせいだろうか。

現在進行形で浮かべているその表情に、仁志は不味いものでも食べたかのように顔を顰めた。

「嘘くせぇ面やめろっつってんだろ。そんなキャラじゃねぇくせに」
「心外ですね。大事な生徒が悩んでいる様子でしたから、話しだけでも聞こうと思ったのに」
「ヤベ、鳥肌たってきた」
「……お前な、俺の努力を踏みにじるなよ」

寒い寒いと腕を擦っていたら、武は柔らかな物腰を一変させて眉根を寄せた。

しゃっきりとした綺麗な立ち姿が崩れ、粗雑な動きでデスクの椅子に座りこむ。

穏やかで優しい、生徒に人気の武先生など見る影もない。

ずずっと音を立てて珈琲をすする調査員に、仁志はにやりと口端を持ち上げた。

「取り巻きのやつらが見たら卒倒すんな」
「馬鹿か。あの子らの前では「武先生」をやり通すに決まってるだろ」
「四十のおっさんが、野郎に騒がれて嬉しいのか?あぁ、あれか。ショタとか言う……」
「ほぉ〜、俺に向かってそんな口叩くとは、アキは命知らずか本気のバカだな」
「いてぇっ!!」

容赦なく投げつけられたのは、金属製の灰皿だ。

額に当たってカンッ、と小気味いい音が鳴る。

赤くなった患部を押さえつつ、仁志は涙目で木崎 武文を睨みつけた。

「てめぇ教師かそれでもっ!!」
「生憎、にわかなんでな。ムカついたらそれ相応のことはやる」
「偉そうに言うなアホッ!!」

初対面から彼が仮面を被っているのは分かっていた。

明確な理由はなくとも、仁志は持ち前の野性的な直感で見破っていた。

だが、本性がどこかの魔王と張るくらいの俺様だったなんて、誰が予想出来るだろう。

痛みを堪えて恨みがましい目をするこちらを、楽しそうに眺める男はまったく酷い。

千影に対しては辟易するほどに甘い木崎だが、他に対しての扱いはなかなかのものだ。

もっとも、その酷い扱いを知って尚、保健室を訪ねてしまう自分もいけないのだろうけれど。




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