珍しく息を弾ませ、季節外れの汗をかき、頭の中を光一色にして。

誰よりも早く、穂積に助けに来てもらいたかった。

そんな身の程を弁えぬ己が嫌で、身の程を弁えぬ己の願いを叶えてしまう穂積が嫌。

怖くなる。

いつだって彼は、暗闇を切り裂く澄んだ声で己を呼ぶから、恐ろしくなる。

自分は調査員だ。

幼い頃から木崎のもとで訓練を積み、調査員として育てられた。

調査員であることが、光を。

千影を構成する心柱だ。

なのに、他者に縋ろうとする、調査員として持ち得てはならぬ感情を抱いてしまった。

助けに来てくれるだろうと。

必ず助けに来るだろうと。

それは期待と確信。

穂積の声が鼓膜を打つことを期待して、穂積の手が差し伸べられることを確信している。

あたたかで満ち足りる幸福は、千影の存在意義を切り崩す。

調査員として有るまじき想いを手に入れた、調査員の千影。

もはや千影は、己のことを「調査員」であると断じることが出来ない。

ならば。

今ここにある生命は何なのだろうか。

千影から「調査員」という要素が失われれば、残るものは何もないと言うのに。

「調査員」がなくなれば、千影は己を保てない。

怖い。

「嫌じゃないんだよ。だから、なんでもかんでも頼りたくなる。会長に頼りたくなるっ」
「意味が分からない。頼ればいい、俺を……頼ればいいだろう」

やめてくれ。

虚弱な心を認めることを、言わないでくれ。

頼ってしまえば、千影は千影でなくなるのだ。

千影は存在できなくなるのだ。

首がもげるのではないかというくらい、強く頭を振ったら、穂積の両手が細い肩を抱えるように掴んだ。

その手が憎い。

残酷で無慈悲な幸せをもたらすその手を、振り払いたいのに振り払えない。

求めているのに、受け入れられない。

「さっきだって俺、待ってた。会長が来てくれるの、待ってたんだっ。嫌なんだよ……そんなの駄目なんだ!」

悲鳴にも似た声が、二人きりの世界にぶちまけられて、あらゆる音を攫って行った。

離して欲しい。

手を、離して欲しい。

離さないで欲しい。

そのまま、掴んでいて欲しい。

頭が割れそうで、心が潰れそうだ。

矛盾ばかりの自分に、この世のあらゆる罵声をぶつけたって気が済まない。

悪いのは穂積じゃない。

分かっている。

悔しいほどに分かっている。

悪いのは自分一人で、自分一人が勝手に怯えているだけ。

親切心で優しさを与えてくれた穂積は被害者で、こんな風に取り乱されても困惑するだけだろうに。

そう、思ったのに。

被害者は千影を殺す加害者になった。

「お前が俺を求めても求めなくても、俺はお前を助ける。必ず助けに行く」
「っ!」
「お前が望むから助けるんじゃない。お前が願うから助けるんじゃない。だから、お前は待たなくていい。待つ必要はない」

華奢な双肩にかけた大きな掌にぐっと力を込めて、身を竦めた少年に言い聞かせた非情な言葉。

優しくて、優しくない。

あたたかくて、あたたかくない。

千影にとっては何よりも辛辣な宣告。

高波となって襲い来た幸せに、窒息してしまいそうだ。

「だからっ、嫌だって言ってるんだよ!そんなこと言うなよっ」
「長谷川……」
「お願いだから、頼らせないでくれよ……期待、させないで」

悪いのは穂積じゃない。

でも。

悪いのは穂積だ。

シャツ越しに感じる男の体温があんまり熱くて、視界が滲んで仕方なかった。




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