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満身創痍の光にとって、疼痛に包まれた身体など比べるまでもなく堪えたのは、今現在まで続く硬質な無言だった。
委員会棟と呼ばれる建物を出て、煉瓦道を使い本校舎へと至っても、鼓膜に届くのは一人分の足音だけ。
穂積の腕に抱き上げられたまま、大人しく縮こまるのは仕方ない。
光がどれだけ暴れようとも、相手は頑として下ろそうとしないのだ。
痩身とは言え百七十はある男が、重くないはずもないだろうに、少しも揺らがず歩き続けられて諦めた。
追い討ちのように、涼しい夜気に興奮を沈められれば、先ほどの暴挙を自認する羽目になり、益々抵抗できなくなった。
元々、騒いでいたのは光一人なので、口を噤んでしまえばあっと言う間に静けさは訪れる。
重苦しい沈黙は、光の心を後悔に埋めた。
――何で来たんだ
自分が彼に浴びせたセリフは、凡そ助けてくれた相手に向かって言うものではない。
彼に電話をかけたのは光であり、彼の仕事を中断させたのもまた光。
あのような暴言を、よくも言えたものだと自嘲する。
調査員に有るまじき思考と、穂積を選んだ自身に混乱していたのは事実。
しかし、それが免罪符になるのかと問われれば、答えは「否」。
穂積が光の心内を知るはずもないし、仮に知られていたら逃げ出している。
覚えぬ間に他者を当てにしていた己への絶望。
今回もまた最初に来てくれた穂積への歓喜。
嬉しくて、苦しくて、相反する感情が交じり合い、大きな奔流となって溢れ出した結果は、八つ当たり以外の何ものでもなかった。
肌を刺す男のオーラは、疑いようもなく不機嫌を主張していて、鬱々とした後悔へ拍車がかかったのと、目的地へ辿り着いたのはほぼ同時。
行儀悪く足で開けられた扉の先は無人で、光をベッドに下ろした男は、忌々しげに舌を打った。
「こんなときに、保健医は何をやってる」
「……」
対する光はひっそりと安堵だ。
無残な有様の今の己を、保護者に見られるのだけは勘弁願いたい。
胸を撫で下ろしていると、穂積は勝手に薬品棚を漁り出した。
施錠されていないのかと思いきや、棚の脇にカードスロットを見つけて納得。
生徒会のゴールドカードに、開けられないものはないのではないかと思ってしまう。
さほど時をかけずに、救急箱という素晴らしき詰め合わせを抱えて、生徒会長は戻ってきた。
ベッドに腰掛る少年の前に、丸椅子を引っ張って来る。
「ぁ……」
そっと腕を取られて、喉の奥から音が漏れた。
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