◇
「そろそろ生徒が来る時間だな……。光、もういいか?」
「おーへー」
「横柄だぁ?」
白米で塞がれた口では上手く発音出来なかったので、光はO.Kサインを指で作って、席を自分から立ち上がった。
まだ和え物が残っていたが、諦めることにしよう。
罵声の中での食事は、朝からは遠慮したい。
「あっ!仁志様だよっ!!」
「ほんとだぁっ!なんでこんな早い時間にっ!?」
「根暗がどうして仁志様と一緒にいんだよっ、マジきもい」
「離れろ害虫っ!穂積様にあんな真似しといて……」
一挙に上がった騒音。
口々に光を貶す生徒の合間を、光は器用にすり抜け出口に向かう。
途中で襟首を捕まれそうになったけれど、背後の仁志がその手を容赦なく捻っているのが見えた。
引っ掛けようと出された足は、軽やかに避けて。
残念ながら踏んでしまったときは、ぎゃっ!と蛙がひしゃげるような声がした。
無事に突破した光は、寮のエントランスにある応接スペースのソファに、どっと倒れこんだ。
「大丈夫か?」
心配そうにかけられた頭上からの声に、光は俯かせていた顔を持ち上げる。
「平気。つーか、ゴメンな仁志。色々迷惑かけて」
「何言ってんだよ。迷惑の原因作った半分は俺だからな。思った通り、会長のこともあって昨日より悪口のグレードがアップしてんな」
「うん……面倒」
「だよな、キツイよな。お前、ただでさえ神経細そうだし」
厳しい表情で神妙に頷く仁志に、少年は「そうじゃない」と首をふった。
「朝飯くらい、ゆっくり食べたい。俺もういいや。悪口も慣れてきたし、明日から普通の時間で飯食うよ。気ぃ使ってくれてサンキュな、仁志」
「……」
「仁志?」
本音を言ってしまったが、やはり失礼だっただろうか。
彼は自分のことを考えて、早めに光を起こして食堂までつれてきてくれたのだから。
仁志の好意を無碍にしたようなものだ。
だが、やはりそこは仁志だった。
「はははははっ!!そっか、そっちかよっ!!はははっっ。あーやっぱ、お前いいわっ!」
何がよかったのか、身体を二つに折って大爆笑。
早くも登校しようやと言うまばらな生徒たちが、光を見る険のある視線から、ぎょっと驚きのものを彼に向けた。
静かな空間に仁志の声が、ぐわんぐわんっと反響する。
「仁志……朝からウルサイ…つーか、人の目が気になるから、やめてくれ」
彼の配慮に気を使った自分が馬鹿だった。
光は清々しい朝には似つかわしくない、大きなため息を吐き出した。
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