ワンフレーズ。
碌鳴館生徒会執務室には、役員全員が揃っていた。
行事の立て込む今学期、誰もが忙しく仕事をこなしているのが最近の日常だったのだが、久方ぶりに彼らは名ばかりの応接セットに、腰を落ち着けていた。
穂積の座るソファ、テーブルを挟んだ向かいには綾瀬と歌音が並んで座り、一人がけのアンティークチェアで足を組むのは逸見。
お決まりとなった定位置。
優雅に休憩をとる余裕など、現在の生徒会役員にはないはずなのだが、彼らは抱える仕事を中断させ、こうしてテーブルを囲んでいる。
理由は一つ。
自身の席には座らず、一人だけ立ったままの男を生徒会長は見やった。
「それで、何があった」
穂積の声につられたように、他の面々も視線を向ける。
大窓を背に立ち彼らの注目を集めるのは、昨日修学旅行から帰って来た生徒会書記、仁志 秋吉だ。
無駄を排した怜悧な貌はやけに真剣で、近寄りがたい迫力と威圧感がある。
平時、年上の役員たちに遊ばれる彼もまた、人の上に立つ素養を十分に持った人間であると分かる。
多忙を極める生徒会役員に、話があると席に着かせたのは仁志だった。
仁志は鋭い双眸で四人を見回すと、覚悟を決めた風に一層表情を引き締めた。
「俺が、今から言うことを、何も言わずに信じて欲しい」
「アッキー?」
いきなりの発言に、歌音が怪訝そうな顔になる。
穂積の眉間が微かに寄せられ、逸見が眼鏡の奥で瞳を眇める。
動揺はもっともだ。
脈絡もなく突然こんなことを言われては、誰でも不思議に思うだろう。
仁志とて理解していたが、余計なことを一切口にするつもりはなかった。
これから言おうとしている言葉は、ワンフレーズ。
詳しい説明は出来ないが、とても重要なワンフレーズだ。
「意味が分からない、お前は何を言おうとしている」
「俺が確信を得た、真実だ」
「ならきちんと説明しろ」
不可解そうに言われるも、仁志は黒曜石の瞳に首肯できない。
「全部を話すことは、出来ない。でも、信じて欲しい」
ムシのいいことを言っている自覚はある。
それでも、こうとしか言えないのだ。
真実を打ち明けてくれた友人を、裏切るつもりのない仁志には。
新薬「インサニティ」の調査のため、碌鳴学院に「長谷川 光」という名で潜入している探偵の千影。
彼の身が潔白であっても、正体を知らぬ生徒会からすれば、持ちえぬはずのドラッグ知識などから、売人候補としてマークをされてしまう。
例え、悪しき方向で関わってはいないと思われていても、無人の住所や実態のない親族が発覚したことで、不信感を覚えられているのは確かである。
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