修学旅行の終わり。
「はっ!?お前なにやってんだよ!」
「俺もそう思う……」
目を剥き叫ぶ友人を、今回ばかりは窘めることも出来なかった。
二日目の夜、部屋の座敷に運ばれてきた夕餉を前に、仁志へ語ったのは須藤との一件。
和え物に箸をつけながらも、千影の表情は当然ながら引きつっている。
昨夜、身支度も適当に部屋へ舞い戻った千影に、仁志はすっきりとした顔で「これからは、何かあればすぐに話せ」と言ってきた。
もう何も隠さなくていい、力になれることはなりたいと。
真摯な瞳で言ってくれた。
分かったと応じて置きながら、話すまでに一日かかってしまったのは、大目に見て欲しい。
給仕の仲居が部屋を後にする今の今まで、悩んでいたのだ。
露天風呂で感じたあの悪寒の正体は、何であったのか。
以前己を襲った感覚と一致する悪寒は、なぜ突発的にしか感じないのか。
決して短くはない調査員としての経験で、売人に対するセンサーはそこそこ敏感なはず。
木崎に太鼓判を押してもらったくらいなのだ。
須藤がドラッグ関係者だとすれば、なぜ時折思い出したようにしか、警鐘は鳴らないのだろう。
まったく答えの見えない難問で頭をいっぱいにしていたお陰で、今日足を伸ばした美ヶ原高原は、ほとんど記憶に残っていない。
「バレてないのか?」
「たぶん大丈夫。コンタクトしてなかったみたいで、田中って言ったら、C組の生徒と勘違いしてくれた」
「そういや、田中も明るい茶髪だったな。なら平気か」
平気でなければ困る。
視力の低い人間が、果たしてどのような視界を持っているかは分からないけれど、十分な灯りもない状況で他人の顔をはっきりと識別するのは難しいはず。
接近しても怪訝な顔をされることはなかったし、須藤は遭遇したのが田中という生徒であると、思い込んでいるだろう。
万一、本物の田中に彼が何かを言ったとして、千影の素顔を覚えられていなければ問題はない。
念のために朝食時の食堂で挨拶をしてみたが、須藤はただいつものように「おはようございます」と返しただけだった。
テーブルの向かいに座った仁志は、大きなため息をついてから、中断していた食事を再開させた。
「だから、今日はどっか飛んでたのか」
「その表現だと、俺が危ないやつみたいに聞こえる」
「うるせぇな。あってんだろ?何観てもアホ面かましてた」
「仁志みたいな顔はしてない」
「あぁ?誰がアホ面だ、誰が」
「俺の目の前にいる不良?」
「疑問系かよおいっ!」
激しい突っ込みを入れつつ、仁志も千影もどんどんと皿を開けて行く。
考え事に集中していても、観光名所を色々と回ったために腹はへっている。
山菜の天麩羅に塩をつけ、口に放り込んだ。
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