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ザーッと、開け放たれたバスルームから聞こえる水音。
「冷たくないのか?」
「冷てぇよっっ!!」
頭だけをシャワーの下に晒している男は、その見事なブリーチ頭から水滴を撒き散らしつつ、背後の少年に怒鳴った。
季節は六月と言えど、さすがに水浴びの時期にはまだ早い。
やはり気違いなのか、と思えないのは仁志が冷水を被る理由を作ったのが、光だからである。
「悪かったよ、手が滑って……」
「ハゲたらどうしてくれんだよっ!マジ死ぬかと思った」
ギロリと睨まれれば、謝るしかない。
けれど、光は顔を険しくさせた。
「仁志が変なこと言うからだろ?なんだよ、さっきの冗談。笑えないし」
「あ?冗談?……んなワケねぇだろ。真実だシンジツ」
シャワーを止めると、仁志は光の横を通りながらリビングへと戻って行く。
備え付けのバスタオルを相手の頭に放ってやると、少年は不満そうな顔のままキッチンに入った。
壁にかかっている時計を見れば、すでに五限目が始まっていたが、今はこちらの方が重要だろう。
どうせ食堂の一件で、光のマジメ説はきれいに消滅しているだろうし、悪意の中に進んで戻りたくもない。
乱暴に髪の水分を拭う男は、疲れたようにソファに寝転んだ。
「外との違いはコレだよ」
「さっきから、外とか中とか……はっきり言えって」
珈琲を準備する手を止めずに聞いてやる。
分からないままでもいいかと思ったが、どうやら濁された状態で居続けるのは危険かもしれない。
「朝も言おうと思ったんだけどな、碌鳴ブランドで高校まで来ているヤツは、外……お前らよりも女との接触が格段に少ない。ガキの頃ならまだしも、この年まで男に囲まれてたら、ヤリたい盛りの野郎共はどうすると思う?」
「え、学院から逃亡するとか?」
「……外出届出さなきゃ街には降りられねぇし、脱走なんかした日にゃ人生終わるぞ」
大げさな、そう言おうと思った光はすぐに考えを改めた。
碌鳴学院は日本社会を担う企業や人材の子息で構成されている。
そこで問題を起こせば、確かに将来がなくなったも同然。
ただの教育機関ではなく、未来へ向けて生徒たちは腹の探りあいや、人脈を広げようとしているのだ。
「答えは簡単だ。身近なところで欲求を発散させようと思うんだよ」
「身近?」
「男だ、男……ここは同性愛者の巣窟だ」
突きつけられた事実に、光は目を見張った。
今度は珈琲を落すような失態は免れたが、カップをテーブルに置く音が、少し五月蝿かった。
「男……」
性癖に対する偏見や差別はないと思う。
だが、それは自分とは関係がないからこそのこと。
己が身を置く場所が、ゲイセクシャルで一杯だなんて、そんな。
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