油断大敵。
友人となった男が部屋の中で一人、顔を引きつらせるその少し前のこと。
当の少年はエレベーター内の鏡を見つめ硬直していた。
淡い茶色の髪に、白い顔、色素の薄い虹彩。
そのどれもが、隠されていない。
「っ!?」
狭い箱の鏡にへばりつき、顔面を蒼白にする。
しまった。
雰囲気に流されて部屋を出てきてしまったが、今の自分は仁志に真実を話したままの格好。
すなわち、変装を完全に解いた姿だ。
こんな基本的なことを失念していたなんて、調査員としての自覚が欠けているとしか言いようがない。
同時に、自分がどれだけ緊張していたのかを実感させられた。
仁志にすべてを話すことばかりに一生懸命で、それ以外のことが抜け落ちていた。
階数ボタンを押していないエレベーターは動くこともなく、ただゆっくりと扉が閉まり密室を作る。
千影は鏡に額をぶつけると、目蓋を降ろし瞑目した。
すぐには信じられなかった、寸前までの奇跡。
あの男に聞かれればまた「アホ」と言われるかもしれないけれど、千影にとっては奇跡にも近いことだった。
まさか受け入れてもらえるなんて。
真っ直ぐだと言ってくれるなんて。
すべてを話せば友達になれるのではない、まったくその通りだ。
真実を明かす明かさないよりも、ずっと重要なものを分かっていなかった。
互いが友達になりたいと思うことこそが、何よりも大切だというのに、千影は嘘という負い目を感じていた分、考え過ぎていた。
仁志の拳骨で目が覚めた気分だ。
自然と口角が上がってしまうのも仕方がないだろう。
何せ彼は千影と友達だと、はっきり言い切ったのだから。
強い眼差しを反芻していたが、いつまでもこうしていてはいけないと我に返った。
「俺、浮かれてるよな……」
油断し過ぎている己を律するように、緩んだ頬を両手でぺちぺちと叩いた。
きゅっと口元を引き結び、これからどうしたものかと考える。
出て来たばかりの身としては、すぐに引き返すのも居た堪れない。
携帯電話で時間を確認しても、まだ仁志の言った「しばらく」は経っていない。
人目のつかない場所で、時間を潰すしかないと結論づけると、千影は行き先を思いついた。
確か、大浴場はほとんど人が来ないのではなかったか。
時刻は間もなく深夜に届くし、生徒が来る可能性はさらに下がったはずだ。
再び鏡に目を向ければ、土手を転落したときに汚れた浴衣や足が気になった。
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