友達。
SIDE:仁志
部屋の扉が閉まる音を聞いたのは、どれくらい前のことだったか。
あれから随分時間が経っているようにも思うし、つい先ほどであったようにも思える。
腕で覆った仁志の暗い視界には、たった一人の人物が浮かび続けたままだから、時計の針の推移など眼中にも入らなかった。
六月に転入して来た、長谷川 光。
根暗な外見に反する冷めた反応、低い沸点。
無茶ばかり仕出かすために、いつだって心配ばかりして来た。
人好みの激しい自分が心配してしまうほど、大切な友人だ。
そんな転校生は、この世界にいないと言われた。
「長谷川 光」など、この世界には存在しないのだと突きつけられた。
潜入捜査に入るためだけに用意された、まがい物。
偽名であり、偽りの姿。
存在しない存在。
なのにどうしてか。
少しも落胆していない己がここにいる。
嘘をついていたんだと、千影と名乗った少年から聴かされても、裏切られた気持ちには露ほどもならなかった。
「長谷川 光」がいないことに対して、喪失感だって覚えない自分は、本当はあの少年を友達と思っていなかったと言うことなのか。
考えて、一蹴した。
違う。
友達だと思っていた。
今でも思っている。
間違っているのは、解釈だ。
自分が友情を向けた「長谷川 光」は虚像ではない。
消えてもいないし、存在だってしている。
ただ、名前と姿が変わっただけで、それだけだ。
「千影」という名前で、穏やかな色を宿した端麗な容貌に変わったただけなのだ。
人は誰しも秘密を抱えている。
その深刻さも内容の種類も、当人にとっての比重も様々だ。
他人の理解が及ばない領域。
けれど、先刻語られた秘密が、千影にとって非常に重大なものであったことは、間違いない。
微かに震える声音に、懇願と絶望と勇気を織り交ぜた必死の眼。
きつく握り締められた両の拳にも、気付いていた。
一体、どれほどの間悩み続け、どれほどの覚悟で真実を晒したのか。
追求するたびに逃げていた少年を思えば、その胸中も少しばかり想像できる。
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