彼が悪かったことなど、一つもない。

碌鳴に居ながら、冴えない格好の自分に唯一温かく接してくれた仁志。

捜査のために近付いているような自分と、『友達』になりたいだなんて。

光の心臓が、鈍い痛みを覚える。

それは『千影』に取っては不必要なものであり、手にしてはならないもの。

今の自分を忘れてはいけない。

目的を見失ってはならない。

見つけてしまいそうな感情から目をそらすように、光は明るく笑ってみせた。

「大丈夫だって。イジメなら気にしない」
「けど……」
「くどいぞ。仁志が面倒みてくれんだろ?」

食堂への道すがら、彼が言ってくれた言葉。

一瞬、間の抜けたような顔をした男前は、すぐにニカリっと笑顔を見せた。

きつい眼も、こんなときは穏やかで優しい。

「おうっ、男に二言はねぇっ!」
「よろしくお願いします」

ぺこりっと冗談めかして頭を下げれば、キッチンから湯が沸いたことを知らせるアラームが聞えた。

話はここまで、と言うように立ち上がると、光は仁志の分のカップ麺も一緒に持って台所に行った。

薄いビニールをべりべり剥がし、商品に差のない手順をこなして湯を注ぐ。

「けどよ〜、マジで気を付けろな」
「分かってるって」
「ほんとかよ?碌鳴のイジメは半端ねぇぞ」
「こう見えて喧嘩ニガテじゃないんで」
「うわっ!超意外なんですけどっ!!あれか、格ゲーの世界でか?」
「仁志の分、水とお湯の混合液にするよ?」
「スイマセンでした。食べれねぇから、それじゃあ麺固いまんまだからっ!」

分かってて言ってんだよ。

一々ツッコミが煩い相手を白い目で見つつ、線の内側まで熱湯を注いだカップを、そっとリビングに移動させようとした少年は、しかし仁志の次の言葉に手から力を抜いた。

「お前の場合、たぶんありえねぇとは思うけど、犯されそうになったら即逃げろな」
「は……?」

光の手から、発泡スチロールの容器が転がり落ちた。

仁志の金髪へと。

「あっっっ…………っつぃぃぃぃぃぃぃっっ!!!!!!」

熱湯の扱いには、ご注意を。




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