「……ユーヤ先生、ちょっとこの距離は洒落にならなくない?」
「渡井は、どうして俺のことだけ名前で呼ぶんだ」
「あれあれ、無視?最近流行ってんのかな、俺イジメ。登校拒否しますよ」
「明帆」

会話をする二人の内一人が、学院ホストであるのは明白だ。

教師相手に商売でもしているのかと思ったが、相手は茶化して終わりにしたい渡井の空気にまったく応じる様子もない。

奥歯を噛み締めた。

こんなマナー違反な相手を、渡井が客にするはずがない。

仁志はスリッパの足を踏み出した。

「名前で呼んじゃうと、先生問題になるだろ」
「言わないなら、俺にも考えがあるぞ」
「……そんなに、ほんとのこと知りたい?」
「知りたいな」
「なら、教えてあげる。俺ね、先生の苗字が大き……」
「渡井っ!」

彼らのいる休憩スペースに飛び込んだ仁志は、渡井の言葉を掻き消すように名を呼んだ。

そうしてソファの上で端に追い詰められている渡井を視界に映し、盛大に顔を顰めた。

飛び込んで正解だ。

「あれあれ、アキじゃん!どうしたんだよ、こんなとこで」
「アホ。風呂入りに来た以外に、理由があるわけねぇだろ。で、お前は何やってんだよ」
「ん、俺?何やってんのかな、ユーヤ先生?」

学院ホストが人好きのする笑顔で敢えて問えば、体育科の佐原 祐也は不満顔で体を起こした。

その一瞬を見逃さず、渡井はさっさと立ち上がり仁志の横に来る。

「仁志が風呂行くなら、俺ももう一回入ろっかな」
「気色わりぃから来んな。あぁ、佐原センセ」
「……なんだ」
「そろそろ明日の打ち合わせの時間じゃないすか?行った方がいいですよ」

体面くらい取り繕えばいいものを、佐原は不機嫌な様子を隠そうともしない。

牽制の意味で眼光を尖らせる仁志とは、種類の異なる愚かな表情は嘲笑を誘った。

口角を小さく持ち上げると、佐原は教師らしからぬ舌打ちを残して、エレベーターホールへと消えて行った。

途端、疲れたようにソファへ舞い戻る渡井を見下ろす。

「お前、マジで何やってんだよ」
「いやー、俺ってモテるからさ。けど助かった、やっぱアキ好きだわ。惚れていい?」
「殴るぞコラ」
「さっそくDV!?あ、知ってる?最近はカップルでもDVって言うんだよ」
「渡井」

茶化そうとする相手の名前を、硬い声で呼んだ。

こちらを見上げていた彼の甘い顔が、困ったように歪む。

仁志はどさりと隣に腰を下ろした。

「そうです、俺は渡井です」
「知ってる」
「ずっと、これからも」
「あぁ」
「……ユーヤ先生、馬鹿だなぁ」
「思わせぶりなてめぇが悪ぃ」

無理をしているのは分かっていたが、これ以上は仁志に出来ることなどない。

「うん」と、小さく頷く渡井の傍に、もう少しだけいてやることしか、出来ないのだ。




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